「笑う岩」には福来たる

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春めいた陽気に誘われて、少し「ホッコリ気分」の話題を。

「必笑(ひっしょう)岩偶キーホルダー」なるユニークな土産物が、秋田内陸縦貫鉄道から発売されたとのニュースが。

岩偶(がんぐう)とは、「縄文時代の祭事」に用いたとされる凝灰岩や砂岩で作られた人形のこと。

北秋田市の白坂遺跡から出土した珍しい「笑う岩偶」が、受験のお守りや、就職、結婚、出産などの「縁起物グッズ」に。

確かに、口角をぎゅっと上げて、ドラえもんの笑顔のようにも。

パリの「ジャポニズム縄文展」に出展したり、ローカル駅の観光駅長に任命したり、「町おこし」にしっかり役立って。

新鮮な驚きは、日本人特有の「不思議な微笑み」が、縄文時代にもあったこと。

外国人からは、不可解とか、気味が悪いとか言われる「ジャパニーズスマイル」ですが。

小泉八雲は、著書「日本の面影」でこんなことを(「日本人の微笑」)。

「日本人は、死に臨んでも莞爾として微笑むことができるし、平素もそれをしている。その微笑には、反抗もなければ、見せかけの偽善もない(中略)。それは丹精こめて長い間に育成された一つの方法なのである。口に出して言わない言語なのである」。

余談ですが、「日本の面影」はその昔、NHKでドラマ化されて。

主人公の小泉八雲を、あのジョージ・チャキリスが演じたと。

「微笑は、お辞儀をしたり、両手をついて挨拶したりするのと同じように、小さいころから両親に教えこまれる(中略)。心は千々に乱れているようなときでも、顔には凛とした笑顔をたたえているというのが、社交上の義務なのである」。

縄文の人々は、「笑う岩偶」に、どのような思いを込めたのでしょうか?

過酷な暮らしの中で、喜びの時も悲しみの時も、「揺さぶられる魂」を静めてくれる「穏やかな微笑み」に救われて。

「微笑み」という「口に出して言わない言語」は、縄文時代から今に引き継がれ。

おお、そうだ!「笑う岩には福来たる」なので、「笑岩来福」のキャッチコピーに。

「少女」と「カニ」の変身願望

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海に潜る楽しみは、「不思議な生き物」に出会えること。

先日のナショジオに、上流階級のような帽子を被って、ファッションを楽しむカニの仲間「カイカムリ」の話題が。

貝殻や海綿などの「被り物」を身につけて、天敵の目を逸らす行動から、この名前に。

英名は「Sponge crab」で、海綿以外のスポンジでも被るのかと、京都大学の研究者たちが実験を。

実験用水槽の中で、メラニン製の人工スポンジを、自分の「好みの大きさ」に切り取り、体にフィットする窪みまで加工するカニたち。

器用な「帽子職人」みたいだと褒めそやすと、それは「カイカブリ(買い被り)」と言われそうな。

「カイカブリ」と言えば、「パンダの穴」(タカラトミー)の大人気ガチャグッズにも。

このような「奇妙なキャラクター」を開発した方は、何をイメージしたのやら???

周りの人から「買い被られ」、過剰な期待を寄せられていた少女は、「貝を被る」ことで肩の荷がおり、気楽に暮らせるようになったと。

確かに、「リアルに共感」してしまいそうなコンセプトで。

そうだ!ある種の「変身願望」、あるいは「コスプレ」の快感か。

ひょっとしたら「カイカムリ」の振る舞いも。

カニ以外の生き物になってみたいと憧れて、「被り物」を楽しんでいるのかも。

「アマミノクロウサギ」を守る神様は

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昨日は、「方言の日」。

いいですよね。個性豊かな「地方の言葉」って。

私の故郷は、栃木県の日光で、「〜だんべぇ」や「〜だっぺ」。

東北地方で暮らした大学時代は、「〜だっちゃ」や「〜だべした」を。

そもそも、「方言の日」の発祥地は、奄美群島。

「言葉」を「ふとぅば」と発音する与論島の方言から、「2月18日」になったと。

ちなみに、沖縄弁で「言葉」は、「くとぅば」なので、「9月18日」を「島くとぅばの日」に。

沖縄とともに奄美は、大好きな場所で、このブログで何回も話題に。

島で暮らした孤高の画家「田中一村」のこと、マグロを素手で捕獲した「海民の子孫」のような中学生の話や、魚が描いた見事な「海底のミステリーサークル」のことなど。

奄美には、書きたいテーマが、いろいろあって。

その一つが、「生きた化石」と言われる「アマミノクロウサギ」(特別天然記念物)。

世界中で、奄美大島と徳之島にしか、生息していない「希少な固有種」。

森林伐採で生息地が減少し、人間が持ち込んだ外来種(マングース)や野良猫に捕食されて、「絶滅危惧種」に。

昨年、鹿児島市の平川動物公園で、特別公開されたとのニュースが。

この施設では、傷を負ったウサギを治療・保護し、再び野生に戻す活動を。

実は、アマミノクロウサギは、「司法の世界」でも名高い存在。

奄美大島の自然を、ゴルフ場開発から守るために、アマミノクロウサギを原告とする「自然の権利訴訟」が。

当事者を「人間様(と法人)」に、限定する「裁判制度の壁」に阻まれて、原告と認められず。

「身勝手な人間」の振る舞いで、一番酷い目にあっているのは、誰なのでしょうか?

いつの日か、「イナバノシロウサギ」を助けた「大国主神」が再来することを、願うばかり。

梅は咲いたか

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昨日は、所用があり湯島まで。

湯島天満宮で、家族の「安全・健康」と、池江璃花子さんの「病気平癒」を祈願してきました。

「スポーツの神様」と言われ、「開運守護」の御祭神「天之手力雄命」を祀る戸隠神社にも参拝して。

先週末から始まった「梅まつり」の見物客で、天神様は大賑わい。

愛好家の方々が、丹精を込めて仕立てた「梅の盆栽」も、展示中。

「湯島の白梅」と言えば、「別れろ切れろは、芸者の時に言う言葉」で知られる、お蔦と主税の悲恋物語(泉鏡花「婦系図」)。

実は、鏡花と愛妻すず(元神楽坂芸者)との実話を基に作られたと。

ふと、浮かんできたフレーズが。

「梅は咲いたか、桜はまだかいな」。

花柳界の芸妓さんたちの江戸端唄です。

梅の花は「若い芸妓」を、桜の花は「ベテランの姐さん」を暗示して。

続く言葉は、「柳や なよなよ 風次第。山吹や 浮気で 色ばかり」。

柳は、風にゆらゆらと「移り気」で、黄色に映える山吹は、花後も実を結ばぬ「浮気性」と、小粋な例えに。

バレンタインデーは、私の誕生日。

年々、数が減りゆく寂しさを感じながら、「梅は咲いたか、チョコはまだかいな」と、ボヤいてみたくなって。

「あるがままの自然」と「無垢の生き物」

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岡本太郎さんは、著書の「沖縄文化論」で「御嶽(ウタキ)」について、こんな言葉を。

「私を最も感動させたものは、意外にも、まったく何の実体も持っていないといって差支えない、御嶽だった」。

確かに、神殿も偶像もなく、自然のままの樹木や岩石があるだけで。

「おそらく我々の祖先の信仰、その日常を支えていた感動、絶対感はこれと同質だった。(中略)日本人の血の中、伝統の中に、この何もない浄らかさに対する共感が生きているのだ。この御嶽に来て、ハッと不意をつかれたように、それに気がつく」。

世界の聖地として名高い、エジプトのアブ・シンベル神殿、ギリシャのパルテノン遺跡、フランスのモンサンミッシェル修道院など。

日本では、伊勢神宮や出雲大社も。

その多くが、権威を象徴する「荘厳な建造物」を。

岡本太郎さんは、こう続けて。

「沖縄の御嶽でつき動かされた感動は、まったく異質だ。なに1つ、もの、形としてこちらを圧してくるものはない。清潔で、無条件である。だから、逆にこちらから全霊をもって見えない世界によびかける」。

この感覚は、とてもよく分かります。

私の木版画のモチーフは、一貫して「あるがままの自然」と「無垢の生き物」。

生意気なようですが、あえて、人工的なものや、生身の人間は外して。

アインシュタインの言葉に。

「我々が経験し得る最も美しいものは神秘。それはすべて、真の芸術と科学の源だ」。

人間の「知恵や作為」が及ばぬ世界にこそ、「本物の美」があるのかも。

奄美の「ミステリーサークル」

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立春も過ぎましたが、今週末には、「最強寒波の到来」との予報。

先日、銀世界のイングランドで、フクロウの顔みたいな「雪上絵」が見つかり、地元の話題に。

いわゆる「ミステリーサークル」は、「宇宙人からのメッセージ」とか、「UFOの着陸跡」とか、オカルト的な話も含め、とかく世間の注目を集めて。

イギリスを中心に、過去1200以上も見つかっており、「宇宙人の来訪」にしては、頻繁すぎるようにも。

自分たちが作ったと「告白する人々」も現れて、やっぱり「誰かのイタズラ」だったのかと。

確かに年々、腕前が上達し、かなり凝ったデザインに。

「お騒がせ人間」が描いたとなると興ざめですが、奄美大島の海底で発見された「謎のミステリーサークル」には、驚くばかり。

直径2メートルほどの円形模様は、まるで道具を使って作ったような「芸術的な幾何学模様」。

その制作者は、シッポウフグの新種(「アマミホシゾラフグ」と命名)で、産卵のために作った巣と判明。

体長10センチ程度のオスが、「胸びれや尾びれ」で砂地を掘り進め、 一週間以上かけて円形構造物を。

完成後に、パートナーのメスが、円の中心部で「産卵」し、オスは孵化するまで、そばで卵を守り続けると。

う〜ん。不思議???

設計図もなく、定規も分度器もコンパスも持たない魚が、どうしてこれほど「精緻な幾何学模様」を描けるのか?

この「見事な造形デザイン」を見て、連想するものは。

グルメな友人は、フグつながりからか、即座に大皿に盛られた「テッサ」と。

私のイメージは、古代インドを起源とする「曼荼羅図」。

産卵から約1週間後、「新たな生命」の誕生が。

幾何学模様のサークルは、「いのちのドラマ」が繰り広げられる「神聖な舞台」。

「アマミホシゾラフグ」は、大自然の神秘(神仏)に導かれて、「曼荼羅図」を描くのかも。

橋を渡る若者に

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先日、世の「鳥好き人間」の耳目を集めるニュースが。

存在しないはずの「ジョン・トラボルタ」が、豪州に出現と。

その「あだ名」を付けられた鳥の名前は、カモの仲間の「キンクロハジロ」。

トサカのような頭が、映画「グリース」の主人公を演じた「トラボルタの髪型」にそっくりで。

金色の目に黒い体、白い翼帯から、「キンクロハジロ」の和名に。

日本にも、越冬のためにシベリアから飛来し、「北海道での繁殖」が観察されると。

羨ましいですね。丸木舟などなくても、行きたい所に自由に移り住む渡り鳥たち。

「この大空に翼を広げ、飛んで行きたいよ。悲しみのない自由な空へ、翼はためかせ行きたい」。

ジョン・トラボルタと言えば、70年代に一世を風靡した「サタデー・ナイト・フィーバー」が。

彼の「踊る姿のカッコよさ」が印象的でしたが、青春物語として「考えさせられること」もいろいろと。

イタリア系移民のトニーたちが、「希望を持てず」に、貧しく暮らすブルックリン。

イーストリバーの向こう岸には、「豊かな富」を象徴する、高層ビルが立ち並ぶマンハッタン。

映画のクライマックスは、過去のしがらみを捨て、「マンハッタンへの橋」を渡り、ステファニーに会いに行くトニーの姿。

「その選択」が、よかったのかどうかは、分からなくても。

「出口が見えない閉塞感」を脱するために、「希望を探す旅」に出るのは、若者の特権だから。

両岸を繋ぐ橋は、「往き来する」ための道。

橋を渡る若者には、「行ってらっしゃい」と見送って、いつかまた戻る日が来たならば、「お帰り」と出迎えて。

そうやって「橋の往来」を繰り返しながら、「大人の階段」を登っていくのかも。

「極上のロマン」を楽しんで

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「縄文好き・沖縄好き」が、ずっと見守っている興味深い活動が。

その名は、「3万年前の航海徹底再現プロジェクト」。

決して怪しげなものではなく、国立科学博物館の海部博士が率いるアカデミックな学術研究チーム。

台湾から琉球への古代航海を、3万年前と同じ条件で再現しようと、様々なチャレンジを繰り返して。

2016年以降、最初の「草束舟」、次の「竹筏舟」では、思い通りの結果が出せず。

最終手段の「丸木舟」は、石斧だけで「杉の大木」を切り倒し、くり抜いて製作。

今年、台湾から200km離れた与那国島への実験航海を。

地図やコンパスや時計等の機材は一切使わず、男女が乗組む移住スタイルで、同じ漕ぎ手が最後まで手漕ぎして。

う〜ん。かなり過酷だろうけど、エキサイティング。

諦めることなく、「古代航海の再現」を追い続ける科学者や冒険者たち。

ふと、彼らの情熱を支える「内なるエンジン」は、何だろうと気になって。

「事実の解明」なのか、それとも「好奇心の満足」なのか?

その昔、今東光大僧正が、こんな言葉を。

「人生は、冥土に行くまでの暇つぶし」。
だから、「極上の暇つぶし」を。

思うには、「人の一生」って、ゴールのない「エンドレスの駅伝」のようにも。

それならやっぱり、タスキを引き継いで走る間は、「極上のロマン」を楽しめばいいでしょう。

「謝るばかり」の日々が

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「ゆるす」には、二つの意味が。

「許す」は、許可するニュアンスの「permit」。

「赦す」は、無条件に包み込む感じで「forgive」でしょうか。

人生、数多くの出会いがある中で、神仏ならぬ「普通の人間」にとって、「赦す心」を備え持つのは、至難の業かも。

雪国の景色を見るたびに、思い出すのは、最後の瞽女「小林ハルさん」のこと。

生後まもなく視力を失った「ハルさん」にとって、生きるすべは「瞽女の道」しか。

5歳で弟子入りしてから一生涯、三味線を抱えて北陸・東北を巡業する旅を続けて。

「初めての旅」に出る日、母親が伝えた言葉が。

「辛い時は、じっと我慢して、神さま、仏さまのお力にすがってな」。

盲目の女旅芸人ゆえに、いじめられたり、騙されたり、「絶望のどん底」に落とされたり。

「ハルさん」をよく知る方々は、こんな人物評を。

「いつも気持が平らで、怒ったのを見たことがない。常に礼儀正しいし、人の悪口も言わない」。

「ハルさん」の生き方を支えてきた言葉が。

「よい人と歩けば祭り、悪い人と歩けば修行」。

どんなに嫌な人と出会っても、「天の配剤」による「修行の機会」と思えば、素直に「赦すこと」ができたのでしょう。

我が身を振り返れば、「赦すこと」より、「謝るばかり」の日常が。

サラリーマン川柳の名句が、脳裏を駆け巡って。

「許される 仏は三度 妻一度」。

「デジャヴ」の不思議

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初めての場所なのに、以前にも来たことがあるような。

初めてお会いした方なのに、昔から知っていた人のような。

「デジャヴ(既視感)」らしき体験を、約7割の方がお持ちとのこと。

そのような感覚が生まれる理由については、様々な説が。

ザ正統派の脳科学者利根川進さんは、「デジャヴは記憶障害であり、脳が似通った2つの状況を、区別できなかった時に起こる」と。

ぶっ飛んでる量子物理学者ミチオ・カクさんは、「異なる宇宙からの転移」、あるいは「波動の同調と関係あり」と、自説の「パラレルワールド理論」との関連性を示唆。

仏教的な見方では、「輪廻転生による魂の記憶」、「前世の記憶」という解釈も。

さらにスピリチュアルな視点からは、「異次元の存在からのメッセージ」とまで‥‥。

いずれの仮説も、科学的に証明されておらず、真実は闇の中。

世の中は、「実験できないこと」や「数値化になじまないこと」だらけ。

例えば「記憶はどこにあるのか」?

シナプスか、細胞か、臓器か、生体システムか、集合的無意識か‥‥。科学は、未だ解明できず。

そうであるなら、自分が「信じること」、自分の「好みに合うこと」を、正しいと考えればいいでしょう。

「祖先の記憶」は、後世に引き継がれると信じて。

証明はできなくとも、「己の直感」に素直に従えば、腑に落ちるかも。