心ここに在らざれば

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以前から、密かに思っていたことですが、(人間を含め)生き物の体内には、「受発信装置」が内蔵されているのでは。

粒子なのか波動なのか分かりませんが、「何らかのメッセージ」を、双方向に伝え合っているように。

おそらく、極めて「微弱な信号」なので、各々の「感知力の高低差」がありそうで。

例えば、ワンコやニャンコが、人間の「内心や感情」を、どうやって見極めているのか、不思議に。

身近な飼い主なら、「表情や仕草」で読み取れても、初めて会った人間までも。

自分を「好きなのか、嫌いなのか」を、即座に見抜いて、態度を変えたり。

なまじ、人間のような「知能や言語」を持たぬ故に、「鋭敏な感受センサー」を身につけて。

我が身を顧みて、ふと思い出す言葉が。
「人は、見たいと思う現実しか、見ていない」(カエサル)。

「視れども見えず、聴けども聞こえず」(礼記「大学」)。

この前段には、「心ここに在らざれば」と。

洋の東西を問わず、同じことを。

確かに、そうなんです。

溢れかえる「情報や雑事の波間」を漂い、数多くの「他者との出会い」に、戸惑いつつ流されていく日々。

自分が生きる上で、心底から「視たいもの」、「聴きたいこと」は何なのか?

それが分からなければ、「幸運の女神」とすれ違っても、気付かずにスルーしてしまいそう。

日頃から、「受発信のアンテナ」を研ぎ澄まそうと心がけるも、ままならぬ現実が。

「私の話、ちゃんと聞いてる?」、「いま何を言ったか、復唱しなさい」と、家内からダメ出されて。

「心ここに在らず」と、反省するばかり。

妹の力

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前回のブログ、「男は海人、女は神人」の続きを。

久高島は、琉球開闢の女神「アマミキヨ」が、天から降り立ったとされる場所。

その神話を受け継いで、沖縄・奄美には、「女の霊力」が「男を守護」するとされる「おなり神」信仰が。

家族の中では、妹は「兄を護る神」とされ、旅に出る時には「髪の毛」や「手拭い」をお守りにして。

フーテンの寅さんと「妹のさくら」のイメージが重なるような。

琉球王国の各共同体でも、「政治(はたらき)」は男、「神事(いのり)」は女の役目と。

「取り柄は体力」の男は、旅に出て力仕事を、「優れた霊感」が備わった女は、神と繋がる仕事を。

なるほど、合理的で納得できる適材適所。

一見すると、男性優位とされる現代の社会でも、実際のところは?

名だたる政治家や経営者も、密かに「おなり神」にひれ伏しているのかも。

かく言う私も、家に戻ればからっきし。

君臨する「山の神」を頂点に、「我儘な子供たち」と「無垢の愛犬」が連なる、鉄壁のヒエラルキーが。

ちなみに、柴又駅前には、寅さんを見送るさくらの姿(銅像)が。

帝釈天の御前様が言った「仏様は愚者を愛しておられます」と、同じ思いで。

「あのね、お兄ちゃん。辛いことがあったら、いつでも帰っておいでね」と、語りかけているかのように。

男は海人、女は神人

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春は名のみの、風の寒さや。
早くも海開きの沖縄の話題を。

西表島の「ミルク神」、宮古島の「パーントゥ」(祝ユネスコ無形文化遺産)以外にも、沖縄には古くから伝わる「来訪神の祭祀」が。

その中で「特筆すべき儀式」は、600年以上も前から、12年に一度、琉球最高の聖地「久高島」で続けられてきた「イザイホー」。

この島には、「男は海人(うみんちゅ)、女は神人(かみんちゅ)」という言い伝えがあって。

「イザイホー」は、「ニライカナイ」からの来訪神をお迎えして、30歳以上になった女性を、新たに「神人」とする祭祀。

長い間、島外には「非公開の秘祭」でしたが、近年、民俗学者を受け入れたり、記録映像が撮影されるように。

死ぬまでに一度は見てみたいと思っても、残念ながら1978年を最後に、以降3回の儀式が連続して中止に。

久高島の人口は、現在200人にも満たず、「神人の後継者不足」が続いてるそうな。

次回の2026年には、是非とも復活されることを期待。

久高島に限らず、日本全国で「地域の祭り」が存続の危機に。

高齢化、過疎化が進み、神輿の担ぎ手が足りず、外部に手助けを頼んだり。

そう言えば、昨年の「松戸の秋祭り」でも、神輿を担ぐ外国人の姿が。

人間の「暮らしのリズム」には、「ハレ」と「ケ」のバランスが不可欠。

地域の知恵と工夫で、何とか「先祖伝来の祭り」を、守り続けて欲しいものです。

「働かない蟻」の存在価値

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アリの話題を続けます。

本棚にあった「働かないアリに意義がある」という本を、読み返してみると。

「フリーター」や「サボリーマン」が、ほくそ笑みそうな題名ですが。

北大の進化生物学者、長谷川英祐先生の科学的研究によるアカデミックな内容。

実験と観察の結果、アリのコロニーには、「働かないアリ」が2割ほど存在し、その存在がないと、コロニーが長続きしないと。

短期的には、サボっているだけに見える「働かないアリ」でも、組織の長期存続には、欠かせない存在らしくて。

面白いのは、よく働くアリ上位2割、働かないアリ下位2割を取り出した結果。

正規分布は変わらずに、やはり2割程度のアリが、ほとんど働かなくなるとのこと。

考えてみれば、卵の孵化や幼虫の世話、巣の環境整備や外敵の防御など、「種の存続」に必要な仕事は、昼夜息をつく暇もなく。

どんなに「働き者のアリ」だって、疲れ果てるはず。

ころ合いを見計らって、交代を買って出る「お助けマン」こそ、「働かないアリ」の存在価値。

なるほど。24時間操業の「三交代シフト」のような仕組みかも。

身近な「家事の仕事」も同様で、主婦だけに負担が続いたら、マグマが溜まって「怒りの噴火」が。

家庭円満が長く続くには、適宜、「料理当番の交代」や「子育てからの解放」も大切で。

悩みの種は、普段「のうのうと暮らす旦那」が、家事手伝いを申し出るタイミングの難しさ。

おずおずと「May I help you?」と、交代を申し出ようか。

早すぎても空振りで、遅すぎれば悲惨な反撃に。

言葉もなく、時計も持たない「アリさん」は、どうやって自分の「出番の時」を知るのだろうか?

高貴で慈悲深い生き物

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春は、虫たちにも待ち遠しい季節。

「冬ごもり中」のアリやミツバチやチョウたちも、そろそろ「出番の準備」を。

以前、「カマキリラバー」の香川照之さんのことを書きましたが、今日は「アリラバー」について。

文学者でも科学者でもあった「青い鳥」の作者モーリス・メーテルリンクです。

彼は、著書「蟻の生活」で、こんな言葉を。

「蟻は、地球上で最も高貴で慈悲深く、献身的で愛他的な存在である」。

(最も進化したはずの人間よりもですか?)

確かに「蟻の生き方」は、知れば知るほど、不思議な魅力が。

集団生活の中で、巣の建設と防衛、食糧の調達と分配、幼虫の世話など、「見事な共同作業」を。

繭を守るハタラキアリは、後脚二本を切り落とされても、幼虫を安全な場所に移そうと懸命に。

彼らの行動は、「個」があたかも「全体」と一心同体のようで。

「ダーウィンが来た!」で紹介されたハキリアリも、驚きの「共同ワーク」を。

「キノコ栽培」を行うために、収穫、運搬、道路整備、防御など、それぞれの役割を担う「高度な分業体制」。

予期せぬ「天敵の襲来」や「豪雨の被害」にあっても、仲間同士が力を合わせて、「一糸乱れぬチームワーク」を発揮して。

どこにも指導者はおらず、誰からの指示・命令も受けずに、どうしてそんなことができるのか???

「管理する人」と「される人」による「上下の階層」で動いている人間社会。

「理想的な組織」は、司令塔などなくても、秩序を維持できる「自発的なコミュニティ」だとすれば。

何故に、蟻にはできて、人間にはできないのかが、摩訶不思議。

おそらく、「私利私欲」の有無が、その分かれ道かも。

きっと、「蟻の辞書」には、「出世競争」や「ゴマスリ」、「依怙贔屓」や「パワハラ」などの言葉はないのでしょうね。

「17文字」の宇宙

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ドナルド・キーンさんの追悼記事です。

日本文学者としての研究対象は、近松門左衛門、井原西鶴、松尾芭蕉、三島由紀夫など幅広く。

その中から、芭蕉の「奥の細道」に関する話を。

「古池や 蛙飛び込む 水の音」。

キーンさんが英訳すると。

The ancient pond
A frog leaps in
The sound of the water.

ちなみに、小泉八雲さんの英訳は。

Old pond
frogs jumped in
sound of water.

面白いことに、蛙が「一匹か、複数か」や、「現在形か、過去形か」の違いが、如実に。

ことほど左様に、「異言語の理解」は難しく。

なおさら、芭蕉の俳句は、「耳で見て、目で聞く」という「禅的な感性」で、詠まれたものだから。

「水の音」は、単なる「耳に聞こえた音」ではなく、五感のすべてで感じる「魂の響き」。

キーンさんは、俳句の真髄を、「僅か17文字の中に、宇宙を創造することに成功している」と。

その例として、
「閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声」を。

「iwani shimiiru semi no koe」と、子音に「i」を並べることで、「蝉の声」を暗示していると。

「miin miin miin」と鳴く「音」の繋がりが、「視覚化」された風景として、浮かび上がってくるように。

鳴きやんだ一瞬の静寂の中に、「永遠なるもの」と「刹那なるもの」を、対比させた美しさが。

キーンさんに、そう教えられて、「目から鱗」が。

たった「17文字」という短い言葉に、「五感で感じたこと」のすべてを込めて。

言葉をそぎ落とし、「結晶化された思い」を表現する芸術に。

キーンさんから授かった「貴重な教え」に、心から感謝します。

ありがとうございました。

「和魂」を忘れ「洋才」に染まって

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ドナルド・キーンさん(96歳)が亡くなられたとの知らせが。

東日本大震災の直後に、「日本人と共に生き、共に死にたい」と、移住を決意されて。

悲しみに沈む日本人に、「勇気と感動」を与えてくれたことを、今も鮮明に覚えています。

国籍取得後、鬼怒川と鳴門を組み合わせた「鬼怒鳴門」を名乗られたのことも、印象に残る出来事で。

彼の「日本愛」が伝わってくる言葉を、瀬戸内寂聴さんとの対談集「日本を、信じる」(中央公論社)から。

「古代エジプト人やギリシャ人は、不変性を求めて石を、中国のお寺の多くはレンガ造り。日本の場合、木を使う。日本人はむしろ変わることを願っているから」。

「桜は、どうしてこれほど日本人に愛されているのか。つかの間の美、三日だけの美しさだから」。

「花は散り、形あるものは壊れる。まさに無常。そこに美の在り処を見出し、美学にまで昇華されるのは日本だけで」。

う〜ん。確かに「日本人よりも、日本をよく知る外国人」と、言われるだけあって。

時は流れ、「文明開花」から「一億総懺悔」を経て、「グローバル化」への変遷。

「和魂」は忘れ去られ、「洋才」に色濃く染められて。

ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)もそうですが、外国人から「古き良き日本」を、あらためて教えられるとは。

生涯をかけて、日本を愛し続けたキーンさんから、こんな「耳の痛い言葉」も。

「伝統は時々、隠れている。見えなくなる。しかし流れている。続いている。それは日本の一番の魅力です」。

「自分たちの伝統に興味がないということは、ひとつの弱点です」。

まさにその通りで。

日本人自身が、古より伝わる「文化や価値観」に誇りを持ち、大切にすること。

ドナルド・キーンさんのご冥福をお祈りし、謹んで「感謝と哀悼」の誠を捧げます。

「笑う岩」には福来たる

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春めいた陽気に誘われて、少し「ホッコリ気分」の話題を。

「必笑(ひっしょう)岩偶キーホルダー」なるユニークな土産物が、秋田内陸縦貫鉄道から発売されたとのニュースが。

岩偶(がんぐう)とは、「縄文時代の祭事」に用いたとされる凝灰岩や砂岩で作られた人形のこと。

北秋田市の白坂遺跡から出土した珍しい「笑う岩偶」が、受験のお守りや、就職、結婚、出産などの「縁起物グッズ」に。

確かに、口角をぎゅっと上げて、ドラえもんの笑顔のようにも。

パリの「ジャポニズム縄文展」に出展したり、ローカル駅の観光駅長に任命したり、「町おこし」にしっかり役立って。

新鮮な驚きは、日本人特有の「不思議な微笑み」が、縄文時代にもあったこと。

外国人からは、不可解とか、気味が悪いとか言われる「ジャパニーズスマイル」ですが。

小泉八雲は、著書「日本の面影」でこんなことを(「日本人の微笑」)。

「日本人は、死に臨んでも莞爾として微笑むことができるし、平素もそれをしている。その微笑には、反抗もなければ、見せかけの偽善もない(中略)。それは丹精こめて長い間に育成された一つの方法なのである。口に出して言わない言語なのである」。

余談ですが、「日本の面影」はその昔、NHKでドラマ化されて。

主人公の小泉八雲を、あのジョージ・チャキリスが演じたと。

「微笑は、お辞儀をしたり、両手をついて挨拶したりするのと同じように、小さいころから両親に教えこまれる(中略)。心は千々に乱れているようなときでも、顔には凛とした笑顔をたたえているというのが、社交上の義務なのである」。

縄文の人々は、「笑う岩偶」に、どのような思いを込めたのでしょうか?

過酷な暮らしの中で、喜びの時も悲しみの時も、「揺さぶられる魂」を静めてくれる「穏やかな微笑み」に救われて。

「微笑み」という「口に出して言わない言語」は、縄文時代から今に引き継がれ。

おお、そうだ!「笑う岩には福来たる」なので、「笑岩来福」のキャッチコピーに。

「少女」と「カニ」の変身願望

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海に潜る楽しみは、「不思議な生き物」に出会えること。

先日のナショジオに、上流階級のような帽子を被って、ファッションを楽しむカニの仲間「カイカムリ」の話題が。

貝殻や海綿などの「被り物」を身につけて、天敵の目を逸らす行動から、この名前に。

英名は「Sponge crab」で、海綿以外のスポンジでも被るのかと、京都大学の研究者たちが実験を。

実験用水槽の中で、メラニン製の人工スポンジを、自分の「好みの大きさ」に切り取り、体にフィットする窪みまで加工するカニたち。

器用な「帽子職人」みたいだと褒めそやすと、それは「カイカブリ(買い被り)」と言われそうな。

「カイカブリ」と言えば、「パンダの穴」(タカラトミー)の大人気ガチャグッズにも。

このような「奇妙なキャラクター」を開発した方は、何をイメージしたのやら???

周りの人から「買い被られ」、過剰な期待を寄せられていた少女は、「貝を被る」ことで肩の荷がおり、気楽に暮らせるようになったと。

確かに、「リアルに共感」してしまいそうなコンセプトで。

そうだ!ある種の「変身願望」、あるいは「コスプレ」の快感か。

ひょっとしたら「カイカムリ」の振る舞いも。

カニ以外の生き物になってみたいと憧れて、「被り物」を楽しんでいるのかも。

「アマミノクロウサギ」を守る神様は

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昨日は、「方言の日」。

いいですよね。個性豊かな「地方の言葉」って。

私の故郷は、栃木県の日光で、「〜だんべぇ」や「〜だっぺ」。

東北地方で暮らした大学時代は、「〜だっちゃ」や「〜だべした」を。

そもそも、「方言の日」の発祥地は、奄美群島。

「言葉」を「ふとぅば」と発音する与論島の方言から、「2月18日」になったと。

ちなみに、沖縄弁で「言葉」は、「くとぅば」なので、「9月18日」を「島くとぅばの日」に。

沖縄とともに奄美は、大好きな場所で、このブログで何回も話題に。

島で暮らした孤高の画家「田中一村」のこと、マグロを素手で捕獲した「海民の子孫」のような中学生の話や、魚が描いた見事な「海底のミステリーサークル」のことなど。

奄美には、書きたいテーマが、いろいろあって。

その一つが、「生きた化石」と言われる「アマミノクロウサギ」(特別天然記念物)。

世界中で、奄美大島と徳之島にしか、生息していない「希少な固有種」。

森林伐採で生息地が減少し、人間が持ち込んだ外来種(マングース)や野良猫に捕食されて、「絶滅危惧種」に。

昨年、鹿児島市の平川動物公園で、特別公開されたとのニュースが。

この施設では、傷を負ったウサギを治療・保護し、再び野生に戻す活動を。

実は、アマミノクロウサギは、「司法の世界」でも名高い存在。

奄美大島の自然を、ゴルフ場開発から守るために、アマミノクロウサギを原告とする「自然の権利訴訟」が。

当事者を「人間様(と法人)」に、限定する「裁判制度の壁」に阻まれて、原告と認められず。

「身勝手な人間」の振る舞いで、一番酷い目にあっているのは、誰なのでしょうか?

いつの日か、「イナバノシロウサギ」を助けた「大国主神」が再来することを、願うばかり。