鍋料理の季節

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朝晩、めっきり涼しくなって、そろそろ鍋料理が恋しくなる季節に。

北海道の「石狩鍋」、秋田の「きりたんぽ鍋」、石川の「治部鍋」、山梨の「ほうとう鍋」、福岡県の「モツ鍋」など、お国自慢の名物鍋がいろいろと。

郷土料理は、「ご当地」で食べるのが一番美味しいので、この秋冬は何処に?

鍋料理で思い出した短歌を一首。

「大きなる 鍋のひとつか 会社とは 煮崩れぬよう 背筋を伸ばす」(歌人松村由利子さん)。

会社に限らず、政党でも役所でも学校でも、人が集まると「同質化圧力」が働いて。

今年のノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎さんが、こんな言葉を。

日本に戻りたくない理由、それは「周囲に同調して生きる能力がないから」と。然り!

松村由利子さんには、「短歌を詠む科学者たち」という著書があって。

7人の科学者の一人が、かの湯川秀樹さん。

広島公園の平和の像「若葉」には、湯川さんの歌碑が。

「まがつびよ ふたたびここに くるなかれ 平和をいのる 人のみぞここは」

まがつび(禍津日神)とは、災難・凶事を司る神だそうな。

ようやく、緊急事態宣言も解けたので、広島の旅もよさそう。

広島の鍋料理と言えば、これから旬の「牡蠣の土手鍋」。お酒はやっぱり、地元の銘酒「賀茂鶴」かしら。

沖縄の豆腐料理

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台風一過の秋晴れの朝。10月2日は、語呂合わせで「豆腐の日」と。

日本人の8割以上が、週に一度は食べるほどの国民食。

中国生まれの日本育ちなれど、今や世界の人々が愛好する健康食品に。

一般庶民の食卓に豆腐が並ぶようになったのは、江戸時代からと。

遣唐使が持ち帰った奈良時代以降、僧侶の精進料理から始まり、貴族や武家御用達の「高貴な食材」だったとか。

さすがは日本。今や、多種多様な豆腐料理が楽しめて。

冬には湯豆腐、夏には冷奴。ちなみに何故に「やっこ」かを調べてみたら。

江戸の頃、武家に奉公していた「奴さん」の半纏には、お揃いの「釘抜紋」が。この四角形が豆腐にそっくりなので、「やっこ」と呼んだそうな。

豆腐料理と言えば、とってもユニークな沖縄。

「ゆし豆腐」や「島豆腐」に始まり、「豆腐よう」から「ジーマミ豆腐」、はたまた「チャンプル」まで。

中でも「豆腐よう」は、泡盛のアテに最高の珍味。

ウニとチーズのような食感で、塩辛くて濃厚な味わいがやみつきに。

最初は勝手が分からずに、一気にガブリと。爪楊枝で薄く削って、チマチマとがお薦め。

これから徐々に、沖縄にも賑わいが戻るはず。次の機会にもまた、美味しい豆腐料理を楽しみに。

あっけらかんと道の端

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お彼岸は、日光市今市へ墓参りに。

如来寺の墓地には、曼珠沙華が咲き乱れて。

いつもお墓から眺める「男体山と女峰山」は、あいにく雲の中。代わりに、東武特急スペーシアから撮った景色を。

蒸気機関車の汽笛が聞こえて、鬼怒川方面からSL大樹が帰還。

昭和レトロな雰囲気の下今市駅には、SL展示館が。

「懐かしの故郷」の小さな街並み。訪れるたびに、子供の頃の思い出が甦るよう。

滝尾神社は通学路、大谷川でカジカ取り、茶臼山の山登り。

「兎追いし かの山 小鮒釣りし かの川」。

お墓参りを済ませて、今日のランチはどこに。

ウナギの「魚登久」は、相変わらずの満席。「並木蕎麦本店」は、緊急事態下の休店で空振り。

やむなく、駅前の「みちくさ」で。日光名物のソース焼きそばと天然氷の抹茶あずきを。

秋のお彼岸は、「祖先をうやまい、亡くなった人々をしのぶ日」で。

現世の此岸は、ままならぬことが多いけど、それもまた人生。

「曼珠沙華 あっけらかんと 道の端」(夏目漱石)。

ご先祖様が、そう語りかけてくれたような気がした秋彼岸の一日でした。

「香り」が記憶を呼び覚ます

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雨上がりの朝、玄関のドアを開けると「甘〜い香り」が。

もう、金木犀が咲き始めて。

春は沈丁花、夏はクチナシ、秋は木犀。季節を伝える「自然の香り」を楽しんで。

このご時世、匂いを感じて未感染と安心したりも。

嗅覚は、不思議な感覚。人間以外の生き物にとっては、天敵を察知したり、食べ物を見つけたり、異性を探したり、生命維持に不可欠。

そう言えば、京都の断食道場を経験した家内によれば、絶食中に最も鋭敏になった感覚は「匂い」だそうな。

日本の伝統文化「香道」では、香りを「聞く」と表現して。

香りを通じて「地球の声」を聞き、自然と一体化した己れと向き合う禅の世界。

嗅覚には、普段は「眠っている記憶」を呼び覚ます効果があると。

確かに、香りがハワイを思い出させたり、シンガポールや台湾を回想させてくれたり。

ワクチンパスポートも確保できた来年の春頃には、海外リゾートの「リアルな香り」を楽しめるかなぁ。

そのうちに「コオロギマック」が

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日曜日の朝は、ちょっと贅沢に「マックデリバリー」を。

特別感のあるブランチと大谷43号ホームランのニュースで、気分は朝から爽快に。

前回ブログの「秋の虫」につながって、今回は「コオロギ食品」の話題を。

無印良品の「コオロギせんべい」や敷島製パンの「コオロギカフェ」が評判になり、売り切れ続出とのこと。

物珍しさだけではなく、地球の食糧危機を救う「貴重なタンパク源」として注目を集めて。

昔からの「イナゴの佃煮」のように、姿そのままだと躊躇ってしまうが、「パウダー加工の焼き菓子」なら大丈夫。

バームクーヘン一個が、100匹分の食用コオロギパウダーで作られていると。

でも、自然由来のコオロギは、数に限りがあるはず。

そこにビジネスチャンスがあると考えた幾つかのメーカーが、「コオロギの養殖工場」を。

栄養豊富なコオロギは、40日程度の生育スピードで成虫になるそうな。

この食材が、様々なバリエーションの食品に利用される時代に。

既に、コオロギラーメンやコオロギ醤油、コオロギビールまで実用化されて。

そのうちに、マクドナルドのメニューにも「コオロギマック」が出て来るかも。

小さきものは、みなうつくし。

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「盆過ぎて 宵闇暗し 虫の声」(芭蕉)。

明日から9月。
陽が沈んだ後、幾分か涼しさを感じる頃に、秋を告げる「虫たちの声」が。

この季節になると、朝は小鳥たちの円舞曲、昼は蝉たちの協奏曲、夜は虫たちの夜想曲。

「人間界の鬱陶しさ」を、束の間でも忘れさせてくれる「生き物の讃歌」に耳を傾けて。

日本人の「虫を愛でる文化」は、万葉の昔から続いて。

平安時代の枕草子には、「鈴虫、松虫、キリギリス、はたおり」の四種が、好ましい虫と。

源氏物語には、「鈴虫」の声を愛でながら、酒宴に興じる一節が。

「虫の声」を左脳で聴く「日本人ならでは」の感性かも。

松虫はチンチロリン、鈴虫はリインリン、こおろぎはキリキリキリ、うまおいはスイッチョン。

単なる「ノイズ」として聞き流すか、小さな「生命のメッセージ」として感じ取るかは、人それぞれ。

清少納言は、「何もかも、小さきものは、みなうつくし」と。

そうなんです。
季節、季節が奏でる「自然の音色」は、人の「乾いた心」を潤してくれる贈り物のように。

ひとりは泥を見た。ひとりは星を見た。

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オリンピックの余韻が冷めやらぬ間に、早や「立秋」を迎え、暦の上ではもう秋。

自然は正直で、朝の空にはイワシ雲、夕暮れにはツクツクボウシの鳴き声が。

ツクツクボウシ(法師蝉)が夏の終わりを告げ、もうじきヒグラシ(蜩)が「カナカナ」と鳴き始めると秋の訪れ。

数年も地中に暮らし、子孫を残すために数週間だけ姿を現して、また土に還る「蝉の一生」を思うと。

「もののあはれ」がひとしお、心に沁みる季節の移ろい。

「人の世の 悲し悲しと 蜩が」(高浜虚子)。

虚子先生の心には、ヒグラシの鳴き声が、そのように聞こえたのかも。

あるアイルランドの詩人(フレデリック・ラングブリッジ)は、こんな言葉を。

「ふたりの囚人が鉄格子から外を眺めた。ひとりは泥を見た。ひとりは星を見た」。

あらゆる物事が、「光と影」の両面から成り立っている世の中。

同じ状況下にあっても、俯いて「足元の泥」を見るのか、上を向いて「夜空の星」を見るのか、その人次第で、全く景色が異なって。

ポジティブに生きれば、「✖️(バツ)」も「➕(プラス)」に見えてくるから。

虚子先生には申し訳ないけど、星を見上げて生きる自分にとっては。

「我が祈り 叶う叶うと 蜩が」の方が、しっくりと響くようで。

祭りのあと

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青空を見上げると、成田空港を飛び立ったジェット機が。

あの中には、母国に戻るアスリートたちが乗っているはず。

選手はそれぞれに、「どんな思い出」を抱いて帰るのだろうか。

勝ち負けは時の運。それ以上に「大切な何か」を胸に、持って帰ってくれたら‥‥。

この週末は、早くも閉会式。数々の「エキサイティングなドラマ」を見せてくれた祭典も、幕が降りる時。

後に続くパラリンピックは、果たしてどうなることやら?

そろそろ「祭りのあと」の寂しさに、心の準備をし始めようかと。

人生、「ハレの日」と「ケの日」の繰り返し。楽しい祭りが終われば、「いつも通りの日常」に戻るだけ。

とは言え、コロナ禍の制約に縛られた日常が、「いつも通り」に戻るのは、いつのことやら。

誰の言葉だったか、「一に辛抱、二に忍耐、三四がなくて、五に我慢」。

アスリートたちの「凄まじい忍耐力」に較べれば、旅行や外飲みの我慢なんて、些細なことかも。

その内、きっとやって来る「ハレの日」を楽しみに、もう暫く、「自粛する日常」を過ごしましょうか。

アスリートたちの涙

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悲願を果たした幼馴染の卓球ペア、二人揃って頂点に立った柔道兄妹、13才中学生のスケボ金メダリスト‥‥。

「筋書きのないドラマ」に、ハラハラドキドキの毎日が続いて。

勝っても負けても、印象的な「アスリートたちの涙」が。

「歓喜の涙」、「悲嘆の涙」、「悔し涙」、そして拡がる「もらい泣き」の輪。

「万感の思い」から溢れ出る「アスリートたちの涙」は、何を語っているのか?

柔道73kg級で、リオに続く2連覇を成し遂げた大野将平は、こんな言葉を。

「準決勝、決勝と延長戦で、自分の中でも感じたことのない恐怖と戦っていました。その中で勝ちを拾ってこれたのは、何か実力以外の部分もあったのかな、と感じてしまいます」。

オリンピックは、強いだけでは勝てない。実力があっても、「不本意な結果」に終わる選手と、期待値以上の「見事な勝利」を掴む選手。

「実力以外の何か」とは?

そのヒントは、金メダリストの「勝利インタビュー」の中にあるような。

この晴舞台に立てたのは、これまでずっと、自分を信じて支えてくれた方々のおかげ。

だから、この栄誉は、自分一人ではなく、恩師や先輩、家族や仲間とともに授かったもの。

真の勝利者には、このような「感謝の心」と「謙虚さ」が共通していると思えて。

それは、実力伯仲の場で、自分一人で戦っているのか、背中を押してくれる「目に見えないパワー」とともに戦っているのかの違いなのかも。

オリンピックで「涙腺開放」している間に、アナハイムから、大谷翔平が5勝目の勝利投手との嬉しいニュースが。

こちらの歓喜には、「涙」よりも「笑顔」が似合うようで。

花言葉は「あなたを信じる」

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梅雨明けの青空に映えるサルスベリの花。

「散れば咲き 散れば咲きして 百日紅」(加賀千代女)。

灼熱の日差しの中でも、逞しく咲き続ける花から元気をもらって。

昨年の夏に書いたブログでは、杉浦日向子さんの傑作漫画「百日紅」の話を。

葛飾北斎の娘、お栄(葛飾応為)の物語。

彼女が木版画作者として辿り着いた境地は、「この世は光と影でできている。影が万事を形づけ、光がそれを浮かび上がらせる」。

コロナ禍の世の中、「影ばかり」に眼を向ける風潮が幅を効かせて。

誰がどうやっても解けない問題を前に、「ネガティブな側面」しか口にしない専門家や政治家やマスコミの面々にはウンザリ。

ちなみに、百日紅の花言葉は、「あなたを信じる」。

ふと、ジブリの言葉を思い出して。「人を信じるという事は、相手への期待ではなく、自分への決意なのです」。

人間もまた誰もが、「光と影」を併せ持つ存在。

だから、「影の暗さ」を思い悩むより、「光の恵み」を信じて生きようと。

サルスベリの花期が終わる百日後には、きっと「平穏な暮らし」が戻ってくるはず。
Withコロナ時代の「新しい日常」として。