小さきものは、みなうつくし。

http://www.biodesign-japan.com/wp-content/uploads/sites/1887/2021/08/header20210831085245_646716031.jpghttp://www.biodesign-japan.com/wp-content/uploads/sites/1887/2021/08/header20210831085245_826453046.jpghttp://www.biodesign-japan.com/wp-content/uploads/sites/1887/2021/08/header20210831085245_546851095.jpghttp://www.biodesign-japan.com/wp-content/uploads/sites/1887/2021/08/header20210831085245_176955807.jpg
「盆過ぎて 宵闇暗し 虫の声」(芭蕉)。

明日から9月。
陽が沈んだ後、幾分か涼しさを感じる頃に、秋を告げる「虫たちの声」が。

この季節になると、朝は小鳥たちの円舞曲、昼は蝉たちの協奏曲、夜は虫たちの夜想曲。

「人間界の鬱陶しさ」を、束の間でも忘れさせてくれる「生き物の讃歌」に耳を傾けて。

日本人の「虫を愛でる文化」は、万葉の昔から続いて。

平安時代の枕草子には、「鈴虫、松虫、キリギリス、はたおり」の四種が、好ましい虫と。

源氏物語には、「鈴虫」の声を愛でながら、酒宴に興じる一節が。

「虫の声」を左脳で聴く「日本人ならでは」の感性かも。

松虫はチンチロリン、鈴虫はリインリン、こおろぎはキリキリキリ、うまおいはスイッチョン。

単なる「ノイズ」として聞き流すか、小さな「生命のメッセージ」として感じ取るかは、人それぞれ。

清少納言は、「何もかも、小さきものは、みなうつくし」と。

そうなんです。
季節、季節が奏でる「自然の音色」は、人の「乾いた心」を潤してくれる贈り物のように。

ひとりは泥を見た。ひとりは星を見た。

http://www.biodesign-japan.com/wp-content/uploads/sites/1887/2021/08/header20210812092127_402703007.jpghttp://www.biodesign-japan.com/wp-content/uploads/sites/1887/2021/08/header20210812092127_496581116.jpghttp://www.biodesign-japan.com/wp-content/uploads/sites/1887/2021/08/header20210812092127_892378057.jpghttp://www.biodesign-japan.com/wp-content/uploads/sites/1887/2021/08/header20210812092127_070176240.jpg
オリンピックの余韻が冷めやらぬ間に、早や「立秋」を迎え、暦の上ではもう秋。

自然は正直で、朝の空にはイワシ雲、夕暮れにはツクツクボウシの鳴き声が。

ツクツクボウシ(法師蝉)が夏の終わりを告げ、もうじきヒグラシ(蜩)が「カナカナ」と鳴き始めると秋の訪れ。

数年も地中に暮らし、子孫を残すために数週間だけ姿を現して、また土に還る「蝉の一生」を思うと。

「もののあはれ」がひとしお、心に沁みる季節の移ろい。

「人の世の 悲し悲しと 蜩が」(高浜虚子)。

虚子先生の心には、ヒグラシの鳴き声が、そのように聞こえたのかも。

あるアイルランドの詩人(フレデリック・ラングブリッジ)は、こんな言葉を。

「ふたりの囚人が鉄格子から外を眺めた。ひとりは泥を見た。ひとりは星を見た」。

あらゆる物事が、「光と影」の両面から成り立っている世の中。

同じ状況下にあっても、俯いて「足元の泥」を見るのか、上を向いて「夜空の星」を見るのか、その人次第で、全く景色が異なって。

ポジティブに生きれば、「✖️(バツ)」も「➕(プラス)」に見えてくるから。

虚子先生には申し訳ないけど、星を見上げて生きる自分にとっては。

「我が祈り 叶う叶うと 蜩が」の方が、しっくりと響くようで。

祭りのあと

http://www.biodesign-japan.com/wp-content/uploads/sites/1887/2021/08/header20210805102342_245147289.jpghttp://www.biodesign-japan.com/wp-content/uploads/sites/1887/2021/08/header20210805102342_224413319.jpghttp://www.biodesign-japan.com/wp-content/uploads/sites/1887/2021/08/header20210805102342_493786467.jpghttp://www.biodesign-japan.com/wp-content/uploads/sites/1887/2021/08/header20210805102342_244761117.jpg
青空を見上げると、成田空港を飛び立ったジェット機が。

あの中には、母国に戻るアスリートたちが乗っているはず。

選手はそれぞれに、「どんな思い出」を抱いて帰るのだろうか。

勝ち負けは時の運。それ以上に「大切な何か」を胸に、持って帰ってくれたら‥‥。

この週末は、早くも閉会式。数々の「エキサイティングなドラマ」を見せてくれた祭典も、幕が降りる時。

後に続くパラリンピックは、果たしてどうなることやら?

そろそろ「祭りのあと」の寂しさに、心の準備をし始めようかと。

人生、「ハレの日」と「ケの日」の繰り返し。楽しい祭りが終われば、「いつも通りの日常」に戻るだけ。

とは言え、コロナ禍の制約に縛られた日常が、「いつも通り」に戻るのは、いつのことやら。

誰の言葉だったか、「一に辛抱、二に忍耐、三四がなくて、五に我慢」。

アスリートたちの「凄まじい忍耐力」に較べれば、旅行や外飲みの我慢なんて、些細なことかも。

その内、きっとやって来る「ハレの日」を楽しみに、もう暫く、「自粛する日常」を過ごしましょうか。