春は名のみの

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晴天の立春。朝の散歩は江戸川堤防の土手道へ。

外環道の向こうに真っ白な富士山が見えて、気分も晴れやかに。

思わず、「春は名のみの 風の寒さや」と口ずさんでしまう時節。

自然の生き物たちは、暦などなくても、春の訪れに備えた振る舞いを。

各地に咲き始めた梅の花、畑の畦道にはふきのとうが芽吹いて。

巣作りと子育てに勤しむ野鳥たち、冬眠中の虫たちも、そろそろ起床の準備中。

ちなみに、「早春賦」のメロディは、かのモーツァルト作曲の「春への憧れ」とそっくりだそうな。

確かに聴き較べてみると、よく似ていて。

曲を作った中田章さんは、ご子息の中田喜直さん(「小さい秋見つけた」、「夏の思い出」の作曲者)とともに、モーツァルトやショパンを好んで学んだと。

いわゆる「オマージュ」のように、知らず知らずに敬愛するアーティストに影響を受けて、似た作品が生まれたのかも。

私自身も木版画の創作にて、巴水ならどんな構図に、魁夷ならどんな色彩を、一村ならどんな心象で表現するだろうかと、推し測ってみたり。

とにかく、春はすぐそこまで。

人間界にとっては、「願いと不安」がない混ぜになった特別な春だけど。

自然の生き物たちは、いつもと変わらず、春の到来とともに生まれ来る「新たないのち」に感謝し、「生きる喜び」を表現するだけ。

人間も「生き物の一種」だから、そんな風に振る舞うことができればいいのに。