「龍神様」のご加護

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心が和む「明るいニュース」が少なくなった昨今の世の中ですが。

先週の「所さん!大変ですよ」は、「鉄印帳」が第三セクター鉄道の救世主になっているとの話題。

御朱印帳の鉄道バージョン「鉄印帳」を求めて、週末には地方の駅に行列ができるほどに。

車窓に広がる長閑な景色を楽しみながら、記念の鉄印を集める旅とは、ナイスな企画です。

全国40社のオリジナル鉄印をすべて集めた方には「マイスターカード」が授与され、読売旅行社サイトに名前を載せて貰えるインセンティブにもそそられる仕掛けが。

スカッとした「明るいニュース」をもう一つ。

先週末、全豪オープンで優勝した大坂なおみさんが、コート内に持ち込んでいた「必勝祈願」のお守りの話。

写真にバッチリ映った赤地に白虎の刺繍と神紋から、山口県岩国市にある白崎八幡宮のお守りだそうな。

テニスファンならずとも、この「霊験あらたかなる縁起物」が欲しくなるようで。

殺到する問い合わせや注文の対応に、社務所は大忙しと。

早速、アマゾンを覗いてみたら、ありました。但し「3月末入荷予定」で、価格は神社と同じ1000円。

ちなみに、白崎八幡宮は清和源氏の武将が鎌倉時代に建立した由緒正しき神社ですが、公式サイトに興味深い記述が。

猿田彦大神のヒーラー(神能者)から、「白崎八幡宮の上空には、青空に映えるように龍が舞っている」とのご指摘をいただき、「龍踊金宝」の神札を頒布することとしたと。

やや怪しげにも思えますが、元来、神道は怪しげな伝説を包摂して成り立っていますので。

お守りやお札は「神様のお力」を戴くためのものですが、主祭神のパワーに龍神様のパワーが加わったならば「鬼に金棒」。

全豪オープンで大坂選手が見せてくれた「神がかりのプレー」には、ひょっとしたら龍神様のご加護があったのかも。

次の目標は、東京オリンピック日本代表で金メダルとのこと。白崎八幡宮のお守り人気は、しばらく続きそうですね。

念ずれば花ひらく

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春の日差しを感じる朝の散歩で、松戸神社に立ち寄ってみると。

参拝道に沿って流れる坂川の河津桜が五分咲きほどに。

例年なら「河津桜まつり」で賑わう時節ですが、今年も中止と。

境内を歩いている時、ふと目が止まった「百度石」。回数を示す算盤の珠のようなものも。

それぞれの願いを込めて、「お百度参り」をされる方々の姿が目に浮かび。

「念ずれば花ひらく」(坂村真民)と言われますが、ままならぬ世の中。

「開かぬ花」も「結ばぬ実」もあったり。何故かそれでも、人は念じ続ける。

若い頃に読んだ本(倉田百三「出家とその弟子」)に書かれた「親鸞の言葉」を思い出して。

「願いと定めを内面的に繋ぐものは祈りだ。祈りは運命を呼びさます。運命を創り出すと言ってもいい」。

そうですよね。叶えられるか、叶えられないかは、「神様の思し召し」であっても、念じて祈り続ければいい。百度でも千度でも。

河津桜を眺めながら、家族と自分の健康、子供の学業成績、友人との再会、沖縄への旅、次作品の出来映えなどに思いを馳せて。

平凡な日常の「ささやかな願い」だけど、これらこそが幸福感の拠り所だから。

「模写」と「贋作」

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先週、ちょっと気になるニュースが。

著名な画家の版画の「贋作」が大量に出回り、警視庁が捜査中とのこと。

平山郁夫の「流砂朝陽」や東山魁夷の「草青む」、片岡球子の「桜咲く富士」の偽物が。

悪質な詐欺を働いた大阪の画商や奈良の版画工房は言わずもがなでも、情けないのは実際に販売した某百貨店。

リトグラフ作品(石版やアルミ板で水と油の反発作用を利用して刷る技法)ですが、肝心の「真贋の鑑定」をミスるとは。

「なんでも鑑定団」でも頻繁に出てくるように、美術品には「贋作」がつきもので。

素人の蒐集家が騙されるのは仕方ないけど、プロの専門家でも見抜けなかったとは。

ちなみに、「模写」と「贋作」の違いは?

アートの上達法には、先人の作品をそっくり真似することで、その優れた技術を学ぶやり方が。

その作品を自分自身の名前で出せば「模写」や「レプリカ」であって、先人の名前を騙れば「贋作」。

世の中には「贋作の天才」が、数多くいるようで。

それほど達者な腕前を持つ画家ならば、自分のオリジナル作品を描けばいいのにと思うけど。

不思議なことに、「贋作」では天才でも、「創作」になると鈍才らしく。

「カタチやイロ」の表現はそっくりに出来ても、作者の「世界観」や「根源の想い」は、決して真似できないので。

だから、天童よしみの歌唱力がどれほど高くても、やっぱり「美空ひばりは美空ひばり」ならでは、ということですよね。

春は名のみの

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晴天の立春。朝の散歩は江戸川堤防の土手道へ。

外環道の向こうに真っ白な富士山が見えて、気分も晴れやかに。

思わず、「春は名のみの 風の寒さや」と口ずさんでしまう時節。

自然の生き物たちは、暦などなくても、春の訪れに備えた振る舞いを。

各地に咲き始めた梅の花、畑の畦道にはふきのとうが芽吹いて。

巣作りと子育てに勤しむ野鳥たち、冬眠中の虫たちも、そろそろ起床の準備中。

ちなみに、「早春賦」のメロディは、かのモーツァルト作曲の「春への憧れ」とそっくりだそうな。

確かに聴き較べてみると、よく似ていて。

曲を作った中田章さんは、ご子息の中田喜直さん(「小さい秋見つけた」、「夏の思い出」の作曲者)とともに、モーツァルトやショパンを好んで学んだと。

いわゆる「オマージュ」のように、知らず知らずに敬愛するアーティストに影響を受けて、似た作品が生まれたのかも。

私自身も木版画の創作にて、巴水ならどんな構図に、魁夷ならどんな色彩を、一村ならどんな心象で表現するだろうかと、推し測ってみたり。

とにかく、春はすぐそこまで。

人間界にとっては、「願いと不安」がない混ぜになった特別な春だけど。

自然の生き物たちは、いつもと変わらず、春の到来とともに生まれ来る「新たないのち」に感謝し、「生きる喜び」を表現するだけ。

人間も「生き物の一種」だから、そんな風に振る舞うことができればいいのに。