空っぽの巣跡

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おや?
お向かいの軒先に巣作りした「ムクドリ親子」の姿が、いつの間にか消えてしまって。

巣立ちまでの数週間、そっと「子育ての観察」を楽しませてもらいました。

雨の日も風の日も、かいがいしく餌を運ぶ親鳥の姿を、我が身と重ね合わせてみたり。

日増しに力強くなる雛鳥たちのさえずりを聞いて、育ち具合を推し量ったり。

時には、カラスから幼子を守るために、けたたましい鳴き声で威嚇のポーズを見せてくれたり。

あの「ムクドリ親子」は、何処に飛んで行ったのやら。

後に残された「空っぽの巣跡」を見ると、ちょっと寂しくも。

世の中には、「空の巣症候群」(Empty nest syndrome)と名付けられた一過性のメンタル症状があるとか。

それまで生きがいだった子供が独立したり、結婚した時に訪れる不思議な「空白感」や「寂寥感」。

一緒に居る間は、やたら手が掛かる面倒な存在と思っていたはずなのに。

漢文学者の白川静さんは子供の頃、「親」という字は、「木の上に立って子を見守っている姿」と教えられたそうな。

その俗説とは異なり、正しくは「立」は「辛」の省略形と。

「辛」は、取っ手がついた針の形を意味し、針を投げて「位牌の神木」を選ぶ古代中国の儀式が由来。

白川学説によれば、「親」という字は、父母の位牌をじっと見つめて拝んでいる姿を表しているとのこと。

今日もどこかで、木の上から辛抱強く我が子の自立を見守るムクドリの父母。

さっさと巣立たれるのも辛く、いつまでも一緒でスネを齧られるのも辛いと思う親心の両面性。

「空っぽの巣跡」の置き土産は、「親とは辛なり」だったのかも。