ローカルマスクを楽しんで

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今朝、姉が送ってくれた手作りの「花柄マスク」が届き、家内は大喜び。

ウィズコロナ時代の必需品となったマスクは、性能の高低もさることながら、「ファッションアイテム」の一つとなったようで。

この新しいトレンドにも、日本各地のローカル色が。

岡山のデニムマスク、新潟の小千谷縮マスク、京都の西陣織マスク、石川の加賀友禅マスク、愛媛の今治タオルマスク等々、お国自慢の伝統工芸品の応用で続々と。

シャープやユニクロのマスプロ商品とは、一味違った魅力があって。

沖縄にも、郷土色豊かなマスクが。

「琉球紅型」の素材や「かりゆしウェア」の生地を用いたり、ハイビスカスやシーサー柄をデザインした「美ら海マスク」。

いいですよね。マスクを通して「南国の空気」を吸っているような気分に。

梅雨が明けた沖縄では、そろそろゴールデンシャワー(マメ科の植物で別名ナンバンサイカチ)が見頃。

夏の訪れを告げる黄金の花は、ほのかな甘い香りを漂わせて。

沖縄の旅には、やっぱり「美ら海マスク」が似合いそう。

マスク収集が趣味化しつつある時代だから、訪れる場所に合わせた「マスクコーデ」が流行るかも。

遊び心やおしゃれ感に溢れたローカルマスクを楽しんで。

「モノと思い出」が重なり合う日本ならではの文化でしょうか。

雨がしとしと日曜日

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梅雨本番の日曜日。

こんな時、僕たちの世代が思い浮かべるフレーズは、”雨がしとしと日曜日”。

60年代ポップスのヒット曲「モナリザの微笑」(ザ・タイガース)の歌詞です。

主役は勿論、ジュリー(沢田研二)ですが、それもサリー(岸部一徳)という名脇役の存在があってこそ。

彼は古希を迎えて一層、独特のキャラに磨きがかかり、「ドクターX」では、オネイ言葉のオカマ味やお茶目なスキップ姿で。

「相棒」の官房長役では、杉下右京にこんなセリフを。

「正義の定義なんて、立ち位置で変わるもんでしょ。まさか絶対的な正義が、この世にあるなんて思ってる?」

ニヒルで怪しげな悪党だろうが、飄々とした間抜け役だろうが、何でもござれ。

彼の持ち味は、能面の如く「無表情な顔」にあるとの説が。

ご本人は、「正体不明でいたほうがいいので。いろんな人の日常にすっと入っていけますから」との弁。

ギリシア劇に登場する役者用の「仮面=ペルソナ」に繋がるようにも。

ユング心理学では、人は周囲に適応するため「ペルソナ」を着けて生活するが、真の中身には異なった「内的側面」があると。

そう言えば、ラグビー日本代表にも「笑顔なき仮面」を被った男が。

過酷な戦場での喜怒哀楽を抑え込むために、稲垣選手には笑みを消し去った「無表情のペルソナ」が相応しかったようで。

然れば、「千と千尋の神隠し」に出てくる「カオナシ」とは?

宮崎駿監督は、「自分の居場所を求めて彷徨い続けるカオナシ。それは誰の心の中にもいる」と。

実は「カオナシのモデル」は、組織に染まり、自分を見失なってしまった会社員とのこと。

う〜ん、確かに。勤め人だった頃の自分も「カオナシ」だったのかも。

今、「我れのペルソナは?」と自問自答すれば。

家庭の父親、企業経営の助言者、木版画の作家の三つの仮面を、場面に応じて着け変えているのかな?

ペルソナには、人の内面に及ぼす作用があるので、それが「相剋」なのか、「調和」なのかの問題で。

そんなことに思いを巡らせた”雨がしとしと日曜日”でした。

「爽快な気分」を取り戻す特効薬

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本州は梅雨入りしましたが、沖縄ではもうすぐ梅雨明け。

梅雨の風物詩といえば、アジサイとカタツムリでしょうか。

沖縄県本部町にある饒平名(よへな)ウトさんの個人庭園「よへなあじさい園」が見頃を迎えたそうな。

個人庭園といっても、1万平方mの山の斜面に1万株、約30万輪もの紫陽花が咲く見事さ。

一昨年に100歳で亡くなられたウトさんは、地元で「アジサイばあちゃん」と親しまれて。

梅雨明けの沖縄では、たった一夜だけ咲き、夜明けに散ってしまう幻の花「サガリバナ」も必見。

サガリバナの特徴は、何といっても無数に伸びる淡いピンク色の雄しべ。その姿は、まるで幻想的な花火のように。

バニラみたいな甘い香りに虫たちが引き寄せられて、受粉のお手伝いを。

嗚呼、美ら海沖縄に行きたい!

渡航自粛要請中に沖縄をうろついた顰蹙タレントもいましたが、6月初からは部分解除されて。

美ら海水族館や首里城公園など、営業を休止していた観光施設も次々に再開して。

今月下旬には、残る6都道県との往来も含めて全面解除を予定とのこと。

「爽快な気分」を取り戻す特効薬は、スカッと晴れた青空と美しい海。

この夏は、本島、石垣島、宮古島、西表島の何処を拠点に旅しようか、アレコレと思いを巡らせて。

アゲハ蝶の眼には?

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今年もまた、夏アゲハの季節に。
ヒラリヒラリと優雅に舞う姿は、人の心を和ませてくれます。

芋虫・毛虫の幼少期には嫌われがちですが、美しい成虫になるとこよなく愛される不思議さ。

平安時代の「堤中納言物語」の中には、虫愛づる姫君の話が。

この姫君は、幼虫が蝶々に変わっていく様子を眺めて楽しんだと。

一千年前の日本に、「元祖ムシガール」がいたことにビックリです。

古くから、アゲハ蝶は「復活と再生」を象徴する生き物と信じられていたそうな。

それ故に、永遠の繁栄や幸福を願う一族の家紋に用いられて。

平清盛などの桓武平氏から、織田信長の家紋にまで。

身近な所では、歌舞伎の名門「播磨屋」にも受け継がれて。

二代目中村吉右衛門さんの自叙伝の題名は「夢見鳥」。

「夢見鳥」とは蝶々の別名で、荘子の「胡蝶の夢」が由来のようで。

夢から醒めた時、「人間である自分」が蝶になった夢を見たのか、「蝶である自分」が人間になった夢を見ているのか?

夢の中の蝶は、目覚めるまで自分が蝶以外のものであろうなどとは思いもしなかったはず。

ひょっとしたら人間の一生も、「一夜の夢」に過ぎず、それに気づかずに生きているのかも。

ちなみに、織田信長は「辞世の句」でこんな言葉を。

人間50年
下天のうちをくらぶれば 
夢幻のごとくなり

地球上の生態系において、ホモ・サピエンスは数百万種の生き物の中の「ただの一種」に過ぎず。

新型ウイルスの脅威に慌てふためく人間界は、アゲハ蝶の眼にはどう映っているのやら。

この期に及んでも、「差別と偏見」や「搾取と弾圧」が横行する情けない世界。

「自然の摂理」に従って生きるアゲハ蝶のほうが、よほど幸せなのかも。