どこから飛んできたのか、知らぬ間に庭先に根づいたタンポポが綿毛をつけました。
「新たないのち」が、次のどこかに旅立つ準備をしているかのように。
その姿を見て、以前、あるクリニック院長に頼まれて書いた「35周年記念誌」への寄稿文を思い出して。
選んだ標題は「根っこと翼」。
植物の生命力は、「地中の根っこ」の逞しさで決まる。
同じく人間、誰にでも、生きる力を支える「心の根っこ」があるようで。
「人間は、自然のうちで最も弱い一本の葦にすぎない。しかし、それは考える葦である」(パスカル)。
「考える葦」とは???
英語なら「think」よりも「imagine」が、ピッタリくるのかも。
行ったこともない場所を訪れて、会ったこともない人々と語り合う。
目に見えぬ「光や風の揺らぎ」を感じ、言葉にならぬ「情感や風情」を味わう。
そこは国境閉鎖も行動制限もなく、どこまでも自由な世界。
ジョン・レノンの「イマジン」は、こう語りかける。
想像してごらん。
国なんて無いんだと。
そんなに難しくないでしょう?
殺す理由も死ぬ理由も無く、
そして宗教も無い。
さあ想像してごらん。
みんなが、ただ平和に生きているって…。
人間には「心の根っこ」に加えてもう一つ、「想像の翼」がある。
私の木版画制作の試みは、自らの世界観(心の根っこ)と感性の描出(想像の翼)の掛け算なのかも。
実は、「根っこと翼」という言葉は、皇太后美智子さまの著書「橋をかける」からお借りしたものです。
「本は、時に子供に安定の根を与え、時にどこにでも飛んでいける翼を与えてくれるものです」。
「根っこと翼は、私が外に内に橋をかけ、自分の世界を少しずつ広げて育っていく時に、大きな助けとなってくれました」。
もう一人、この言葉を用いた偉大な人物が。
文豪ゲーテはこう言いました。
「親が子どもに与えられるものは二つしかない。一つは根っこで、もう一つは翼だ」と。
タンポポの綿毛は、風の赴くままに飛んでいく。
自然に任せて降り立つ地で、きっと逞しく生きていくのでしょう。