「願い」と「運命」を繋ぐもの

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街中は今、ハナミズキが真っ盛り。

我が家の庭にも「薄紅色」の花が。

見上げるよりも、2階のベランダから見下ろした方が、よりきれいに見えて。

ハナミズキと言えば、一青窈さんの名曲を思い出します。

あの史上最悪の同時多発テロ「9.11」の直後に、「人類の平和への祈り」を込めて作られたそうな。

人間誰しも、自らの無力さを感じた時、何かしら「偉大な存在」にひれ伏して祈る。

「苦しい時の神頼み」と言ってしまえば、ややご都合主義で場当たり的かもしれませんが。

以前のブログで、ガンで亡くなられた歌人河野裕子さんのこんな話を。

「私たちが古刹を訪ね、仏様を見れば手を合わせて拝むのは何故だろう。何百年もの間、数限りない人々が、逃れようのないこの世の悲しみと苦しみを負いながら最後にしたことは祈るということだったのではないか。誰にもすがる事ができず、為すすべがなく、それでも生きていかなければならなくなった時、人には祈ることしか残っていない」。

若き日に愛読した「出家とその弟子」(倉田百三)には、こんな言葉も。

弟子唯円が、「人間の願いと運命とは、互いに見知らぬ人のように無関係なのでしょうか」と尋ねた時、親鸞はこのように答えた。

「願いとさだめとを内面的に繋ぐものは祈りだ。祈りは運命を呼び覚ますのだ。運命を創り出すといってもいい」。

うーん。何度読んでも大納得!

お参りしたいお寺や神社はあっても、自粛規制で身動きできなければ、遥拝(ようはい)でも。

ちなみにハナミズキの花言葉は「耐久する力」(durability)。
まさに、「君と好きな人が百年続きますように」ですね。

ハナミズキの並木道を散歩中、和菓子店のこんな看板を見て、束の間の「ほんのり感」を味わいました。

アマビエ予言の自己成就

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昨年来、空港検疫所にいるイメージマスコットの「クアラン」をご存知ですか?

この愛称は、英語の「クアランティン」(検疫)が由来。

現下のご時世を予期して現れた「水際作戦キャラクター」のようにも。

ゆるキャラやアニメキャラ等々、とにかくキャラ好きの日本人は、世界的にも特異な存在。

今、最も注目を集めているキャラクターは、「アマビエ」でしょうか。

水木しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」に登場し、長い髪に小さなクチバシ、体はウロコという半人半魚の妖怪。

肥後国の言い伝えによれば、やがて襲来する疫病を予言し、「疫病が流行した際には、私の姿を描いた絵を人々に見せよ」と告げたとか。

その通りにすると、かの疫病が退散したというありがたいご利益があったようで。

まさに時宜を得た伝説キャラとして、今年2月頃からツイッターを通して画像があっと言う間に拡散したそうな。

熊本ゆかりの妖怪が、「くまモン」にも劣らぬ人気者になるとは、地元の方々もさぞかしビックリでしょう。

そんな日本の姿は、海外マスコミから奇異な現象と見られているようで。

米誌「ニューヨーカー」は、パンデミックの真っ只中でも、「日本人はキャラクターに心の平穏を求める」と報道。

「アマビエの予言」を信じるか、信じないかは、人それぞれの自由ですが、「予言の自己成就」という学説もあって。

米国の社会学者ロバート・マートンは、「何らかの予期が、単なる思い込みであったとしても、意識的または無意識にその予期を実現するような行動をとることによって、現実になることがある」と。

古より森羅万象に「八百万の神」が宿るというアニミズム的な世界観が流れる日本文化。

先が見えない不安な時代において、「希望のシンボル」としての意味はあるようにも。

未来に何が起こるかは、神様しか知り得ない。だから人間には「自己成就的な予言」が意外と大切で。

未だ感染ゼロの岩手県では、「南部鉄器アマビエ」の制作を始めたと。

西宮市の廣田神社では、疫病退散の願いを込めた「アマビエ護符」を、参拝者に無料で配布していると。

どんな時でも少々の「遊び心」を忘れずに、ポジティブ思考で「きっとそうなる!」と信じた方が、楽しそうですね。

美智子さまとジョン・レノン

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どこから飛んできたのか、知らぬ間に庭先に根づいたタンポポが綿毛をつけました。

「新たないのち」が、次のどこかに旅立つ準備をしているかのように。

その姿を見て、以前、あるクリニック院長に頼まれて書いた「35周年記念誌」への寄稿文を思い出して。

選んだ標題は「根っこと翼」。

植物の生命力は、「地中の根っこ」の逞しさで決まる。

同じく人間、誰にでも、生きる力を支える「心の根っこ」があるようで。

「人間は、自然のうちで最も弱い一本の葦にすぎない。しかし、それは考える葦である」(パスカル)。

「考える葦」とは???

英語なら「think」よりも「imagine」が、ピッタリくるのかも。

行ったこともない場所を訪れて、会ったこともない人々と語り合う。

目に見えぬ「光や風の揺らぎ」を感じ、言葉にならぬ「情感や風情」を味わう。

そこは国境閉鎖も行動制限もなく、どこまでも自由な世界。

ジョン・レノンの「イマジン」は、こう語りかける。

想像してごらん。
国なんて無いんだと。
そんなに難しくないでしょう?
殺す理由も死ぬ理由も無く、
そして宗教も無い。
さあ想像してごらん。
みんなが、ただ平和に生きているって…。

人間には「心の根っこ」に加えてもう一つ、「想像の翼」がある。

私の木版画制作の試みは、自らの世界観(心の根っこ)と感性の描出(想像の翼)の掛け算なのかも。

実は、「根っこと翼」という言葉は、皇太后美智子さまの著書「橋をかける」からお借りしたものです。

「本は、時に子供に安定の根を与え、時にどこにでも飛んでいける翼を与えてくれるものです」。

「根っこと翼は、私が外に内に橋をかけ、自分の世界を少しずつ広げて育っていく時に、大きな助けとなってくれました」。

もう一人、この言葉を用いた偉大な人物が。

文豪ゲーテはこう言いました。
「親が子どもに与えられるものは二つしかない。一つは根っこで、もう一つは翼だ」と。

タンポポの綿毛は、風の赴くままに飛んでいく。
自然に任せて降り立つ地で、きっと逞しく生きていくのでしょう。