心ここに在らざれば

http://www.biodesign-japan.com/wp-content/uploads/sites/1887/2019/03/header20190326185157_929355617.jpghttp://www.biodesign-japan.com/wp-content/uploads/sites/1887/2019/03/header20190326185157_694281594.jpg
以前から、密かに思っていたことですが、(人間を含め)生き物の体内には、「受発信装置」が内蔵されているのでは。

粒子なのか波動なのか分かりませんが、「何らかのメッセージ」を、双方向に伝え合っているように。

おそらく、極めて「微弱な信号」なので、各々の「感知力の高低差」がありそうで。

例えば、ワンコやニャンコが、人間の「内心や感情」を、どうやって見極めているのか、不思議に。

身近な飼い主なら、「表情や仕草」で読み取れても、初めて会った人間までも。

自分を「好きなのか、嫌いなのか」を、即座に見抜いて、態度を変えたり。

なまじ、人間のような「知能や言語」を持たぬ故に、「鋭敏な感受センサー」を身につけて。

我が身を顧みて、ふと思い出す言葉が。
「人は、見たいと思う現実しか、見ていない」(カエサル)。

「視れども見えず、聴けども聞こえず」(礼記「大学」)。

この前段には、「心ここに在らざれば」と。

洋の東西を問わず、同じことを。

確かに、そうなんです。

溢れかえる「情報や雑事の波間」を漂い、数多くの「他者との出会い」に、戸惑いつつ流されていく日々。

自分が生きる上で、心底から「視たいもの」、「聴きたいこと」は何なのか?

それが分からなければ、「幸運の女神」とすれ違っても、気付かずにスルーしてしまいそう。

日頃から、「受発信のアンテナ」を研ぎ澄まそうと心がけるも、ままならぬ現実が。

「私の話、ちゃんと聞いてる?」、「いま何を言ったか、復唱しなさい」と、家内からダメ出されて。

「心ここに在らず」と、反省するばかり。