新種の名付け親

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お魚に興味がある方にとって、ちょっと面白いニュースが。

かごしま水族館で「オジサンの家系図」が売られており、ヒット商品に。

「オジサン」とは、スズキ目ヒメジ科の魚の名前で、口元のヒゲがおじさんみたいで。

「オジサン家系図」Tシャツの制作者は、与論島に住む若きデザイナー。

脱サラで「与論島に移住」し、この変わった名前の魚を家系図にしてみようと、閃いたそうな。

この変な名前はニックネームと思いきや、正式登録された標準和名。

「オジサンの髭」も、伊達に付けている訳ではなく、砂の中の甲殻類を探して食べるための「センサー機能」と。

残念ながら、「オバサン」という名前の魚はいないとのこと。

家系図の連想から、北の海には「三郎(サブロウ)」、「七郎(シチロウ)等」など、兄弟のような名前も。

平敦盛と一騎討ちした源氏武者「熊谷次郎直実」を由来とする「クマガイウオ」の弟分として名付けられ。

歴史物語の名前ならまだしも、標準和名を「キタマクラ」と名付けられた気の毒な魚が。

この魚を食べると、「北枕にされるぞ!」という意味のようで。

フグ科の猛毒性により、このような不本意な名前を付けられ、忌み嫌われて。

ちなみに、近年は「新種の命名権」が、ネットオークションで買える時代に。

美しい蝶に、「愛する人の名前」をつけて、記念日のプレゼントにするのも、夢ではなさそうな。

心ここに在らざれば

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以前から、密かに思っていたことですが、(人間を含め)生き物の体内には、「受発信装置」が内蔵されているのでは。

粒子なのか波動なのか分かりませんが、「何らかのメッセージ」を、双方向に伝え合っているように。

おそらく、極めて「微弱な信号」なので、各々の「感知力の高低差」がありそうで。

例えば、ワンコやニャンコが、人間の「内心や感情」を、どうやって見極めているのか、不思議に。

身近な飼い主なら、「表情や仕草」で読み取れても、初めて会った人間までも。

自分を「好きなのか、嫌いなのか」を、即座に見抜いて、態度を変えたり。

なまじ、人間のような「知能や言語」を持たぬ故に、「鋭敏な感受センサー」を身につけて。

我が身を顧みて、ふと思い出す言葉が。
「人は、見たいと思う現実しか、見ていない」(カエサル)。

「視れども見えず、聴けども聞こえず」(礼記「大学」)。

この前段には、「心ここに在らざれば」と。

洋の東西を問わず、同じことを。

確かに、そうなんです。

溢れかえる「情報や雑事の波間」を漂い、数多くの「他者との出会い」に、戸惑いつつ流されていく日々。

自分が生きる上で、心底から「視たいもの」、「聴きたいこと」は何なのか?

それが分からなければ、「幸運の女神」とすれ違っても、気付かずにスルーしてしまいそう。

日頃から、「受発信のアンテナ」を研ぎ澄まそうと心がけるも、ままならぬ現実が。

「私の話、ちゃんと聞いてる?」、「いま何を言ったか、復唱しなさい」と、家内からダメ出されて。

「心ここに在らず」と、反省するばかり。

妹の力

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前回のブログ、「男は海人、女は神人」の続きを。

久高島は、琉球開闢の女神「アマミキヨ」が、天から降り立ったとされる場所。

その神話を受け継いで、沖縄・奄美には、「女の霊力」が「男を守護」するとされる「おなり神」信仰が。

家族の中では、妹は「兄を護る神」とされ、旅に出る時には「髪の毛」や「手拭い」をお守りにして。

フーテンの寅さんと「妹のさくら」のイメージが重なるような。

琉球王国の各共同体でも、「政治(はたらき)」は男、「神事(いのり)」は女の役目と。

「取り柄は体力」の男は、旅に出て力仕事を、「優れた霊感」が備わった女は、神と繋がる仕事を。

なるほど、合理的で納得できる適材適所。

一見すると、男性優位とされる現代の社会でも、実際のところは?

名だたる政治家や経営者も、密かに「おなり神」にひれ伏しているのかも。

かく言う私も、家に戻ればからっきし。

君臨する「山の神」を頂点に、「我儘な子供たち」と「無垢の愛犬」が連なる、鉄壁のヒエラルキーが。

ちなみに、柴又駅前には、寅さんを見送るさくらの姿(銅像)が。

帝釈天の御前様が言った「仏様は愚者を愛しておられます」と、同じ思いで。

「あのね、お兄ちゃん。辛いことがあったら、いつでも帰っておいでね」と、語りかけているかのように。

男は海人、女は神人

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春は名のみの、風の寒さや。
早くも海開きの沖縄の話題を。

西表島の「ミルク神」、宮古島の「パーントゥ」(祝ユネスコ無形文化遺産)以外にも、沖縄には古くから伝わる「来訪神の祭祀」が。

その中で「特筆すべき儀式」は、600年以上も前から、12年に一度、琉球最高の聖地「久高島」で続けられてきた「イザイホー」。

この島には、「男は海人(うみんちゅ)、女は神人(かみんちゅ)」という言い伝えがあって。

「イザイホー」は、「ニライカナイ」からの来訪神をお迎えして、30歳以上になった女性を、新たに「神人」とする祭祀。

長い間、島外には「非公開の秘祭」でしたが、近年、民俗学者を受け入れたり、記録映像が撮影されるように。

死ぬまでに一度は見てみたいと思っても、残念ながら1978年を最後に、以降3回の儀式が連続して中止に。

久高島の人口は、現在200人にも満たず、「神人の後継者不足」が続いてるそうな。

次回の2026年には、是非とも復活されることを期待。

久高島に限らず、日本全国で「地域の祭り」が存続の危機に。

高齢化、過疎化が進み、神輿の担ぎ手が足りず、外部に手助けを頼んだり。

そう言えば、昨年の「松戸の秋祭り」でも、神輿を担ぐ外国人の姿が。

人間の「暮らしのリズム」には、「ハレ」と「ケ」のバランスが不可欠。

地域の知恵と工夫で、何とか「先祖伝来の祭り」を、守り続けて欲しいものです。

「働かない蟻」の存在価値

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アリの話題を続けます。

本棚にあった「働かないアリに意義がある」という本を、読み返してみると。

「フリーター」や「サボリーマン」が、ほくそ笑みそうな題名ですが。

北大の進化生物学者、長谷川英祐先生の科学的研究によるアカデミックな内容。

実験と観察の結果、アリのコロニーには、「働かないアリ」が2割ほど存在し、その存在がないと、コロニーが長続きしないと。

短期的には、サボっているだけに見える「働かないアリ」でも、組織の長期存続には、欠かせない存在らしくて。

面白いのは、よく働くアリ上位2割、働かないアリ下位2割を取り出した結果。

正規分布は変わらずに、やはり2割程度のアリが、ほとんど働かなくなるとのこと。

考えてみれば、卵の孵化や幼虫の世話、巣の環境整備や外敵の防御など、「種の存続」に必要な仕事は、昼夜息をつく暇もなく。

どんなに「働き者のアリ」だって、疲れ果てるはず。

ころ合いを見計らって、交代を買って出る「お助けマン」こそ、「働かないアリ」の存在価値。

なるほど。24時間操業の「三交代シフト」のような仕組みかも。

身近な「家事の仕事」も同様で、主婦だけに負担が続いたら、マグマが溜まって「怒りの噴火」が。

家庭円満が長く続くには、適宜、「料理当番の交代」や「子育てからの解放」も大切で。

悩みの種は、普段「のうのうと暮らす旦那」が、家事手伝いを申し出るタイミングの難しさ。

おずおずと「May I help you?」と、交代を申し出ようか。

早すぎても空振りで、遅すぎれば悲惨な反撃に。

言葉もなく、時計も持たない「アリさん」は、どうやって自分の「出番の時」を知るのだろうか?

高貴で慈悲深い生き物

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春は、虫たちにも待ち遠しい季節。

「冬ごもり中」のアリやミツバチやチョウたちも、そろそろ「出番の準備」を。

以前、「カマキリラバー」の香川照之さんのことを書きましたが、今日は「アリラバー」について。

文学者でも科学者でもあった「青い鳥」の作者モーリス・メーテルリンクです。

彼は、著書「蟻の生活」で、こんな言葉を。

「蟻は、地球上で最も高貴で慈悲深く、献身的で愛他的な存在である」。

(最も進化したはずの人間よりもですか?)

確かに「蟻の生き方」は、知れば知るほど、不思議な魅力が。

集団生活の中で、巣の建設と防衛、食糧の調達と分配、幼虫の世話など、「見事な共同作業」を。

繭を守るハタラキアリは、後脚二本を切り落とされても、幼虫を安全な場所に移そうと懸命に。

彼らの行動は、「個」があたかも「全体」と一心同体のようで。

「ダーウィンが来た!」で紹介されたハキリアリも、驚きの「共同ワーク」を。

「キノコ栽培」を行うために、収穫、運搬、道路整備、防御など、それぞれの役割を担う「高度な分業体制」。

予期せぬ「天敵の襲来」や「豪雨の被害」にあっても、仲間同士が力を合わせて、「一糸乱れぬチームワーク」を発揮して。

どこにも指導者はおらず、誰からの指示・命令も受けずに、どうしてそんなことができるのか???

「管理する人」と「される人」による「上下の階層」で動いている人間社会。

「理想的な組織」は、司令塔などなくても、秩序を維持できる「自発的なコミュニティ」だとすれば。

何故に、蟻にはできて、人間にはできないのかが、摩訶不思議。

おそらく、「私利私欲」の有無が、その分かれ道かも。

きっと、「蟻の辞書」には、「出世競争」や「ゴマスリ」、「依怙贔屓」や「パワハラ」などの言葉はないのでしょうね。