「17文字」の宇宙

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ドナルド・キーンさんの追悼記事です。

日本文学者としての研究対象は、近松門左衛門、井原西鶴、松尾芭蕉、三島由紀夫など幅広く。

その中から、芭蕉の「奥の細道」に関する話を。

「古池や 蛙飛び込む 水の音」。

キーンさんが英訳すると。

The ancient pond
A frog leaps in
The sound of the water.

ちなみに、小泉八雲さんの英訳は。

Old pond
frogs jumped in
sound of water.

面白いことに、蛙が「一匹か、複数か」や、「現在形か、過去形か」の違いが、如実に。

ことほど左様に、「異言語の理解」は難しく。

なおさら、芭蕉の俳句は、「耳で見て、目で聞く」という「禅的な感性」で、詠まれたものだから。

「水の音」は、単なる「耳に聞こえた音」ではなく、五感のすべてで感じる「魂の響き」。

キーンさんは、俳句の真髄を、「僅か17文字の中に、宇宙を創造することに成功している」と。

その例として、
「閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声」を。

「iwani shimiiru semi no koe」と、子音に「i」を並べることで、「蝉の声」を暗示していると。

「miin miin miin」と鳴く「音」の繋がりが、「視覚化」された風景として、浮かび上がってくるように。

鳴きやんだ一瞬の静寂の中に、「永遠なるもの」と「刹那なるもの」を、対比させた美しさが。

キーンさんに、そう教えられて、「目から鱗」が。

たった「17文字」という短い言葉に、「五感で感じたこと」のすべてを込めて。

言葉をそぎ落とし、「結晶化された思い」を表現する芸術に。

キーンさんから授かった「貴重な教え」に、心から感謝します。

ありがとうございました。

「和魂」を忘れ「洋才」に染まって

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ドナルド・キーンさん(96歳)が亡くなられたとの知らせが。

東日本大震災の直後に、「日本人と共に生き、共に死にたい」と、移住を決意されて。

悲しみに沈む日本人に、「勇気と感動」を与えてくれたことを、今も鮮明に覚えています。

国籍取得後、鬼怒川と鳴門を組み合わせた「鬼怒鳴門」を名乗られたのことも、印象に残る出来事で。

彼の「日本愛」が伝わってくる言葉を、瀬戸内寂聴さんとの対談集「日本を、信じる」(中央公論社)から。

「古代エジプト人やギリシャ人は、不変性を求めて石を、中国のお寺の多くはレンガ造り。日本の場合、木を使う。日本人はむしろ変わることを願っているから」。

「桜は、どうしてこれほど日本人に愛されているのか。つかの間の美、三日だけの美しさだから」。

「花は散り、形あるものは壊れる。まさに無常。そこに美の在り処を見出し、美学にまで昇華されるのは日本だけで」。

う〜ん。確かに「日本人よりも、日本をよく知る外国人」と、言われるだけあって。

時は流れ、「文明開花」から「一億総懺悔」を経て、「グローバル化」への変遷。

「和魂」は忘れ去られ、「洋才」に色濃く染められて。

ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)もそうですが、外国人から「古き良き日本」を、あらためて教えられるとは。

生涯をかけて、日本を愛し続けたキーンさんから、こんな「耳の痛い言葉」も。

「伝統は時々、隠れている。見えなくなる。しかし流れている。続いている。それは日本の一番の魅力です」。

「自分たちの伝統に興味がないということは、ひとつの弱点です」。

まさにその通りで。

日本人自身が、古より伝わる「文化や価値観」に誇りを持ち、大切にすること。

ドナルド・キーンさんのご冥福をお祈りし、謹んで「感謝と哀悼」の誠を捧げます。

「笑う岩」には福来たる

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春めいた陽気に誘われて、少し「ホッコリ気分」の話題を。

「必笑(ひっしょう)岩偶キーホルダー」なるユニークな土産物が、秋田内陸縦貫鉄道から発売されたとのニュースが。

岩偶(がんぐう)とは、「縄文時代の祭事」に用いたとされる凝灰岩や砂岩で作られた人形のこと。

北秋田市の白坂遺跡から出土した珍しい「笑う岩偶」が、受験のお守りや、就職、結婚、出産などの「縁起物グッズ」に。

確かに、口角をぎゅっと上げて、ドラえもんの笑顔のようにも。

パリの「ジャポニズム縄文展」に出展したり、ローカル駅の観光駅長に任命したり、「町おこし」にしっかり役立って。

新鮮な驚きは、日本人特有の「不思議な微笑み」が、縄文時代にもあったこと。

外国人からは、不可解とか、気味が悪いとか言われる「ジャパニーズスマイル」ですが。

小泉八雲は、著書「日本の面影」でこんなことを(「日本人の微笑」)。

「日本人は、死に臨んでも莞爾として微笑むことができるし、平素もそれをしている。その微笑には、反抗もなければ、見せかけの偽善もない(中略)。それは丹精こめて長い間に育成された一つの方法なのである。口に出して言わない言語なのである」。

余談ですが、「日本の面影」はその昔、NHKでドラマ化されて。

主人公の小泉八雲を、あのジョージ・チャキリスが演じたと。

「微笑は、お辞儀をしたり、両手をついて挨拶したりするのと同じように、小さいころから両親に教えこまれる(中略)。心は千々に乱れているようなときでも、顔には凛とした笑顔をたたえているというのが、社交上の義務なのである」。

縄文の人々は、「笑う岩偶」に、どのような思いを込めたのでしょうか?

過酷な暮らしの中で、喜びの時も悲しみの時も、「揺さぶられる魂」を静めてくれる「穏やかな微笑み」に救われて。

「微笑み」という「口に出して言わない言語」は、縄文時代から今に引き継がれ。

おお、そうだ!「笑う岩には福来たる」なので、「笑岩来福」のキャッチコピーに。

「少女」と「カニ」の変身願望

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海に潜る楽しみは、「不思議な生き物」に出会えること。

先日のナショジオに、上流階級のような帽子を被って、ファッションを楽しむカニの仲間「カイカムリ」の話題が。

貝殻や海綿などの「被り物」を身につけて、天敵の目を逸らす行動から、この名前に。

英名は「Sponge crab」で、海綿以外のスポンジでも被るのかと、京都大学の研究者たちが実験を。

実験用水槽の中で、メラニン製の人工スポンジを、自分の「好みの大きさ」に切り取り、体にフィットする窪みまで加工するカニたち。

器用な「帽子職人」みたいだと褒めそやすと、それは「カイカブリ(買い被り)」と言われそうな。

「カイカブリ」と言えば、「パンダの穴」(タカラトミー)の大人気ガチャグッズにも。

このような「奇妙なキャラクター」を開発した方は、何をイメージしたのやら???

周りの人から「買い被られ」、過剰な期待を寄せられていた少女は、「貝を被る」ことで肩の荷がおり、気楽に暮らせるようになったと。

確かに、「リアルに共感」してしまいそうなコンセプトで。

そうだ!ある種の「変身願望」、あるいは「コスプレ」の快感か。

ひょっとしたら「カイカムリ」の振る舞いも。

カニ以外の生き物になってみたいと憧れて、「被り物」を楽しんでいるのかも。

「アマミノクロウサギ」を守る神様は

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昨日は、「方言の日」。

いいですよね。個性豊かな「地方の言葉」って。

私の故郷は、栃木県の日光で、「〜だんべぇ」や「〜だっぺ」。

東北地方で暮らした大学時代は、「〜だっちゃ」や「〜だべした」を。

そもそも、「方言の日」の発祥地は、奄美群島。

「言葉」を「ふとぅば」と発音する与論島の方言から、「2月18日」になったと。

ちなみに、沖縄弁で「言葉」は、「くとぅば」なので、「9月18日」を「島くとぅばの日」に。

沖縄とともに奄美は、大好きな場所で、このブログで何回も話題に。

島で暮らした孤高の画家「田中一村」のこと、マグロを素手で捕獲した「海民の子孫」のような中学生の話や、魚が描いた見事な「海底のミステリーサークル」のことなど。

奄美には、書きたいテーマが、いろいろあって。

その一つが、「生きた化石」と言われる「アマミノクロウサギ」(特別天然記念物)。

世界中で、奄美大島と徳之島にしか、生息していない「希少な固有種」。

森林伐採で生息地が減少し、人間が持ち込んだ外来種(マングース)や野良猫に捕食されて、「絶滅危惧種」に。

昨年、鹿児島市の平川動物公園で、特別公開されたとのニュースが。

この施設では、傷を負ったウサギを治療・保護し、再び野生に戻す活動を。

実は、アマミノクロウサギは、「司法の世界」でも名高い存在。

奄美大島の自然を、ゴルフ場開発から守るために、アマミノクロウサギを原告とする「自然の権利訴訟」が。

当事者を「人間様(と法人)」に、限定する「裁判制度の壁」に阻まれて、原告と認められず。

「身勝手な人間」の振る舞いで、一番酷い目にあっているのは、誰なのでしょうか?

いつの日か、「イナバノシロウサギ」を助けた「大国主神」が再来することを、願うばかり。

梅は咲いたか

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昨日は、所用があり湯島まで。

湯島天満宮で、家族の「安全・健康」と、池江璃花子さんの「病気平癒」を祈願してきました。

「スポーツの神様」と言われ、「開運守護」の御祭神「天之手力雄命」を祀る戸隠神社にも参拝して。

先週末から始まった「梅まつり」の見物客で、天神様は大賑わい。

愛好家の方々が、丹精を込めて仕立てた「梅の盆栽」も、展示中。

「湯島の白梅」と言えば、「別れろ切れろは、芸者の時に言う言葉」で知られる、お蔦と主税の悲恋物語(泉鏡花「婦系図」)。

実は、鏡花と愛妻すず(元神楽坂芸者)との実話を基に作られたと。

ふと、浮かんできたフレーズが。

「梅は咲いたか、桜はまだかいな」。

花柳界の芸妓さんたちの江戸端唄です。

梅の花は「若い芸妓」を、桜の花は「ベテランの姐さん」を暗示して。

続く言葉は、「柳や なよなよ 風次第。山吹や 浮気で 色ばかり」。

柳は、風にゆらゆらと「移り気」で、黄色に映える山吹は、花後も実を結ばぬ「浮気性」と、小粋な例えに。

バレンタインデーは、私の誕生日。

年々、数が減りゆく寂しさを感じながら、「梅は咲いたか、チョコはまだかいな」と、ボヤいてみたくなって。

「あるがままの自然」と「無垢の生き物」

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岡本太郎さんは、著書の「沖縄文化論」で「御嶽(ウタキ)」について、こんな言葉を。

「私を最も感動させたものは、意外にも、まったく何の実体も持っていないといって差支えない、御嶽だった」。

確かに、神殿も偶像もなく、自然のままの樹木や岩石があるだけで。

「おそらく我々の祖先の信仰、その日常を支えていた感動、絶対感はこれと同質だった。(中略)日本人の血の中、伝統の中に、この何もない浄らかさに対する共感が生きているのだ。この御嶽に来て、ハッと不意をつかれたように、それに気がつく」。

世界の聖地として名高い、エジプトのアブ・シンベル神殿、ギリシャのパルテノン遺跡、フランスのモンサンミッシェル修道院など。

日本では、伊勢神宮や出雲大社も。

その多くが、権威を象徴する「荘厳な建造物」を。

岡本太郎さんは、こう続けて。

「沖縄の御嶽でつき動かされた感動は、まったく異質だ。なに1つ、もの、形としてこちらを圧してくるものはない。清潔で、無条件である。だから、逆にこちらから全霊をもって見えない世界によびかける」。

この感覚は、とてもよく分かります。

私の木版画のモチーフは、一貫して「あるがままの自然」と「無垢の生き物」。

生意気なようですが、あえて、人工的なものや、生身の人間は外して。

アインシュタインの言葉に。

「我々が経験し得る最も美しいものは神秘。それはすべて、真の芸術と科学の源だ」。

人間の「知恵や作為」が及ばぬ世界にこそ、「本物の美」があるのかも。

奄美の「ミステリーサークル」

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立春も過ぎましたが、今週末には、「最強寒波の到来」との予報。

先日、銀世界のイングランドで、フクロウの顔みたいな「雪上絵」が見つかり、地元の話題に。

いわゆる「ミステリーサークル」は、「宇宙人からのメッセージ」とか、「UFOの着陸跡」とか、オカルト的な話も含め、とかく世間の注目を集めて。

イギリスを中心に、過去1200以上も見つかっており、「宇宙人の来訪」にしては、頻繁すぎるようにも。

自分たちが作ったと「告白する人々」も現れて、やっぱり「誰かのイタズラ」だったのかと。

確かに年々、腕前が上達し、かなり凝ったデザインに。

「お騒がせ人間」が描いたとなると興ざめですが、奄美大島の海底で発見された「謎のミステリーサークル」には、驚くばかり。

直径2メートルほどの円形模様は、まるで道具を使って作ったような「芸術的な幾何学模様」。

その制作者は、シッポウフグの新種(「アマミホシゾラフグ」と命名)で、産卵のために作った巣と判明。

体長10センチ程度のオスが、「胸びれや尾びれ」で砂地を掘り進め、 一週間以上かけて円形構造物を。

完成後に、パートナーのメスが、円の中心部で「産卵」し、オスは孵化するまで、そばで卵を守り続けると。

う〜ん。不思議???

設計図もなく、定規も分度器もコンパスも持たない魚が、どうしてこれほど「精緻な幾何学模様」を描けるのか?

この「見事な造形デザイン」を見て、連想するものは。

グルメな友人は、フグつながりからか、即座に大皿に盛られた「テッサ」と。

私のイメージは、古代インドを起源とする「曼荼羅図」。

産卵から約1週間後、「新たな生命」の誕生が。

幾何学模様のサークルは、「いのちのドラマ」が繰り広げられる「神聖な舞台」。

「アマミホシゾラフグ」は、大自然の神秘(神仏)に導かれて、「曼荼羅図」を描くのかも。

橋を渡る若者に

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先日、世の「鳥好き人間」の耳目を集めるニュースが。

存在しないはずの「ジョン・トラボルタ」が、豪州に出現と。

その「あだ名」を付けられた鳥の名前は、カモの仲間の「キンクロハジロ」。

トサカのような頭が、映画「グリース」の主人公を演じた「トラボルタの髪型」にそっくりで。

金色の目に黒い体、白い翼帯から、「キンクロハジロ」の和名に。

日本にも、越冬のためにシベリアから飛来し、「北海道での繁殖」が観察されると。

羨ましいですね。丸木舟などなくても、行きたい所に自由に移り住む渡り鳥たち。

「この大空に翼を広げ、飛んで行きたいよ。悲しみのない自由な空へ、翼はためかせ行きたい」。

ジョン・トラボルタと言えば、70年代に一世を風靡した「サタデー・ナイト・フィーバー」が。

彼の「踊る姿のカッコよさ」が印象的でしたが、青春物語として「考えさせられること」もいろいろと。

イタリア系移民のトニーたちが、「希望を持てず」に、貧しく暮らすブルックリン。

イーストリバーの向こう岸には、「豊かな富」を象徴する、高層ビルが立ち並ぶマンハッタン。

映画のクライマックスは、過去のしがらみを捨て、「マンハッタンへの橋」を渡り、ステファニーに会いに行くトニーの姿。

「その選択」が、よかったのかどうかは、分からなくても。

「出口が見えない閉塞感」を脱するために、「希望を探す旅」に出るのは、若者の特権だから。

両岸を繋ぐ橋は、「往き来する」ための道。

橋を渡る若者には、「行ってらっしゃい」と見送って、いつかまた戻る日が来たならば、「お帰り」と出迎えて。

そうやって「橋の往来」を繰り返しながら、「大人の階段」を登っていくのかも。

「極上のロマン」を楽しんで

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「縄文好き・沖縄好き」が、ずっと見守っている興味深い活動が。

その名は、「3万年前の航海徹底再現プロジェクト」。

決して怪しげなものではなく、国立科学博物館の海部博士が率いるアカデミックな学術研究チーム。

台湾から琉球への古代航海を、3万年前と同じ条件で再現しようと、様々なチャレンジを繰り返して。

2016年以降、最初の「草束舟」、次の「竹筏舟」では、思い通りの結果が出せず。

最終手段の「丸木舟」は、石斧だけで「杉の大木」を切り倒し、くり抜いて製作。

今年、台湾から200km離れた与那国島への実験航海を。

地図やコンパスや時計等の機材は一切使わず、男女が乗組む移住スタイルで、同じ漕ぎ手が最後まで手漕ぎして。

う〜ん。かなり過酷だろうけど、エキサイティング。

諦めることなく、「古代航海の再現」を追い続ける科学者や冒険者たち。

ふと、彼らの情熱を支える「内なるエンジン」は、何だろうと気になって。

「事実の解明」なのか、それとも「好奇心の満足」なのか?

その昔、今東光大僧正が、こんな言葉を。

「人生は、冥土に行くまでの暇つぶし」。
だから、「極上の暇つぶし」を。

思うには、「人の一生」って、ゴールのない「エンドレスの駅伝」のようにも。

それならやっぱり、タスキを引き継いで走る間は、「極上のロマン」を楽しめばいいでしょう。