「一本のマンモス肉」の前で

http://www.biodesign-japan.com/wp-content/uploads/sites/1887/2018/10/header20181016085005_817015460.jpghttp://www.biodesign-japan.com/wp-content/uploads/sites/1887/2018/10/header20181016085005_335963269.jpg
昔も今も、「父親の価値」の評価尺度は、極めてシンプル。
原始時代から今日まで、「家族が喜ぶ食糧」を持ち帰る能力です。

漫画の「ギャートルズ」では、マンモスの肉。
カカア天下の母ちゃんのご機嫌は、父ちゃんの獲物次第。

子供が喜ぶと知りながら、「さくらんぼ」を一人で食ってしまうような男は、存在価値ゼロかも。
「桜桃」に描かれた情けない父親と、対極にあった母親の物語を思い出します。

それは「一杯のかけそば」。
今から30年前、「読む人、誰もが涙する」と大ブームを巻き起こした栗良平さんの童話です。
残念ながら、様々な問題からマスコミの集中砲火を浴び、あっという間に奈落の底へ。

肝心なのは、「物語の中身」。
作り話か実話か、作者の人格や品行などは、どうでもいいこと。
絵画でも文学でも、作品は「作品そのもの」の評価でしかるべし。

「一人分の食べ物」しか買えない境遇に置かれた時、家族はどう振る舞うか。
「飽食の日本」では想像しにくいのですが、飢餓に苦しむ国々においては、日常的な現実です。

「一杯のかけそば」を、分け合って食べる母と子の三人。
さりげなく「五割増し」で、そばを茹でる北海亭のご主人と女将さん。
それぞれの人々が、「幸せの光」に包まれています。

「ギャートルズ」の父ちゃんの獲物が、小さな「一本のマンモス肉」だけだった時、あの原始家族はどう振る舞うのか。
我が家であれば、食卓に「一切れのケーキ」しかなかった時、何が起こるか。
想像すると怖くなるので、この辺でやめておきましょう。