わたしは終わりのない文章

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私を柵の中に閉じ込める「無意味なレッテル」を貼らないで下さい。
新川和江さんの詩には、そんな思いが‥‥。

「自分とは何者か」の比喩は、こう続きます。

わたしは
見渡すかぎりの金色の稲穂
空の広さをかいさぐる羽撃き
途方もなく満ちている海
りんごの木と泉のありかを知る風

そして最後の段落は、

わたしは終わりのない文章
川と同じに
はてしなく流れていく
拡がっていく 一行の詩

う〜ん凄い!
これほどの自己肯定感(自分という人間の可能性を肯定する感覚)は、どこから生まれて来るのか。

おそらく男には、到底無理。
悔しさのあまり、独りよがりの「自己満足」に過ぎないと片づけるかも。
「自己満足」を否定することなかれ。
芸術も人生も、実は「密かな自己満足」によって支えられているので。

新川和江さんは、ある対談でこう話しています。
「女性は自然そのものであり、母はあらゆるものを生み出す大地であることを、自らの体験(妊娠・出産)を通じて、心と体で感じました」。

なるほど!
「地図が読めない女」という本があったけど、地図など読まなくても生き残れるのか。
大脳新皮質を駆使するまでもなく、「大地の感覚」が内蔵されている女性には。