「疎」と「密」の狭間で

http://www.biodesign-japan.com/wp-content/uploads/sites/1887/2018/09/header20180929081814_000791924.jpghttp://www.biodesign-japan.com/wp-content/uploads/sites/1887/2018/09/header20180929081814_231393949.jpg
絵描きは、常に「疎」と「密」の狭間で揺れ動いているようです。
私の木版画のモチーフは「自然と生き物」。
眼に映るそのままを描こうとすると、どんどん「密」の世界に。

しかし人為の限界。
どうやってもあの「精緻な美」には届きようがありません。
やむなく省略を。
手抜きかどうか分かりませんが、拠り所は「美の感動」を表現できたか。

物理学者の大森荘蔵さんは、答えを密画と略画の「重ね描き」に求めました。(「知の構造とその呪縛」)
科学的描写(密画)は、原子の集まりである物質の客観的な「形と運動」。
知覚風景(略画)は、主観的に感知する「色や匂いや手触り」。
「物と心」。
この両極の世界観は調和するのでしょうか。

情報システムの世界には、「疎結合」と「密結合」という用語があるようです。
人と人との関係も同様。
自立する個が緩やかに他者と繋がる「疎な関係」か、他者に依存して繋がり合う「密な関係」か。
漱石流なら、「密に働けば息苦しい。疎に棹させばもの寂しい」。
おそらく現実は、両者のバランスなのでしょう。

ハワイから届いた「爽やかな風」に刺激されて、「疎」と「密」のバランスが気になる「ストレリチアの版木」を彫り直すことにしました。