平昌で見た「美しさ」と「醜さ」

http://www.biodesign-japan.com/wp-content/uploads/sites/1887/2018/02/header20180225104759_119343917.jpghttp://www.biodesign-japan.com/wp-content/uploads/sites/1887/2018/02/header20180225104759_186401125.jpg
平昌は今日が閉会式。
オリンピックは「スポーツの祭典」。
同時に、社会の縮図とも言える「人間ドラマ」の舞台でもあるようです。
平昌で見せてもらった人間の「美しさ」と「醜さ」。
「善悪の問題」を超えて、その両方が「生身の人間そのもの」を示しているのかもしれません。

金メダリスト小平奈緒さんの「振る舞い」に、世界中から賞賛の声が寄せられています。
涙する李相花さんに寄り添う姿は、「弱者の痛み」が分かる人間の美しさ。
「しっ!」とお願いする仕草は、自己の歓喜を抑えて、「他者への思いやり」を優先する人間の美しさ。

あの極限の状態において、いとも自然に振る舞った奈緒さんは、インタビューでこんな言葉を。
「金メダルは名誉なことですが、(それ以上に)どういう人生を生きていくかが大事です」。
同じ日本人として、誇りに思います。

一方、韓国の女子パシュートチームが問題視されています。
疲労で遅れ始めたメンバーを無視して、前二人だけでゴールに飛び込ぶ光景。
思わず、冬山で「遭難した仲間」を、自分だけ助かるために置き去りにする行為を連想しました。

「チームワークが命」の競技で、気持が離れて全く助け合おうとしないメンバーの姿に、悲しくなるほどの「醜さ」を見ました。
以前のブログに書いたこと。
人は皆、「仏性と鬼性」を併せ持ち、「煩悩の満ち引き」を繰り返す存在。
「人間の性」は51/49程度の違いかもしれません。
願わくば、例え1%でも、「仏性」が勝る生き方をしたいものです。