「発明」が「必要」の母に

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明けましておめでとうございます。新春恒例の実業団駅伝は、我が古巣の「旭化成」が連続優勝し、幸先の良い新年を迎えることができました。

前回の「便利な世の中」の続きです。昨今の新技術や新製品で、「そんなものが本当に必要だろうか」と思ったことはありませんか。例えば、4K・8Kテレビ、リニア新幹線、超音速ジェット機、全自動運転車両、体内埋め込みチップ等々‥‥。

今のハイビジョンで充分満足のはずなのに、さらに高解像度のテレビを望む方がいるのでしょうか。あり余るお金を使いたいので、その使い道としてなら、どうぞご勝手にですが‥‥。

今より早く目的地に着きたい方が、どれ程いるのでしょう。東京と大阪間の移動時間が長過ぎるので、9兆円投資しても短縮を望む声が大きいとは思えません。それも公費投入や税優遇の支援してまで‥‥。莫大な建設費の経済効果や工事受注で潤う方々にとっては、喜ばしい話でしょうが。

「必要」は「発明」の母と言います。産業革命以降の科学技術の発展期には、確かにその通りでしたが、ある時から「発明」が「必要」の母に変わったようです。
需要が飽和して売上伸長が止まったら、供給側はどうしますか。何としてでも「新しい需要を創ろう」と考えるでしょう。技術開発チームには、「他社に先んじて、これまで以上に快適で便利なものを!」と指示が下ります。

そうして目先を変えた改良改善から、画期的な新技術まで、続々と市場に出回ります。その価値と魅力を巧みにアピールするマーケティング戦略に乗せられ、「時代に乗り遅れたくない」という大衆心理が煽られて、「新たな需要」が創られます。中にはその必要がなく、「余計なお世話」と思えるようなものまで‥‥。

既に「充分な便利さ」を享受している方々は、放っておけばいいはず。それよりも、難病やハンディキャップを抱えて不自由な生活を余儀なくされている人々、途上国でまったく不便な暮らしを強いられている人々への「便利の提供」が優先でしょう。
お金は誰が払うのかという難題が残りますが、すぐには「解けない問題」を考えてみるのも、お正月ならではです。