ミネルヴァのフクロウ

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前回ブログに書いたフォーク・クルセダーズの「芸術家、科学者、そして宗教家」は、こんな歌詞から始まります。

"体は重くて 心は軽くて
命の重さは どれくらいだろうね
海があふれて 陸地が消えて
地球 次第に 熱くなってるね
ああ人間たちよ 元気でいるかい
そうさ芸術家 今だ科学者
そして宗教家 何とかなるか"

地球環境問題への危機感から、いわゆる知識人と称する人々のリーダーシップを問いかける内容です。フォークル流のややシニカルなトーンが続き、三番には"政治家たちも 軍人たちも 同じ船に あわてて乗り込んで"というフレーズが出てきます。
作詞した北山修さんは、人類共通の課題の前で、指導的立場のお偉方を頼りにしても「どうせ何も出来やしない」と冷めた目で見ているのではと思えてきます。
この歌の最後の一言で、本当はそうでもないこと(一縷の望み)が分かります。

"そうさ芸術家 今だ科学者
 そして宗教家 知恵を合わせて"

知識人はそれぞれ別個の専門世界に閉じこもっていないで、今こそ能力を結集して「人類共通の課題」に立ち向かっていこうよというメッセージなのです。

「ミネルヴァのフクロウは黄昏に飛び立つ」というヘーゲルの謎めいた言葉を思い出します。「あらゆる事象はその歴史が終わらなければ、真実の姿が捉えられない。故に学問が真理を見い出すのは、対象とする事象が歴史的終焉を迎えた後のことである。」と解釈されています。
かけがえのない地球の環境破壊も、あってはならない核戦争も、破壊された後でしか、人間の知恵が活かされないとしたら、本当に「悲しくてやりきれない」ことだと思います。