サイエンスとアート

http://www.biodesign-japan.com/wp-content/uploads/sites/1887/2017/12/header20171203133654_852651820.jpghttp://www.biodesign-japan.com/wp-content/uploads/sites/1887/2017/12/header20171203133654_108260488.jpg
年末に備えて、乱雑になっていた本棚を整理しました。蔵書を並べ直しながら、自分が好きな本の著者には、「理系の学者」が多いことに気付きました。
お名前を挙げれば、岡潔、寺田寅彦、日高敏隆、三木成夫、大森荘蔵、清水博、中村桂子、多田富雄、柳澤桂子さん等々、それぞれの専門領域は異なりますが、錚々たる科学者たちの本です。
その中から100年前に書かれた寺田寅彦さんのエッセイ「科学者と芸術家」の一節をご紹介します。

“科学者の写描は、草木山河に関したある事実の一部分であるが、芸術家の描こうとするものは、もっと複雑な「ある物」の一面であって、草木山河はこれを表す言葉である。
しかし、この「ある物」は、作家だけの主観に存するものでなくて、ある程度までは他人にも普遍的に存するものでなければ、鑑賞の目的物としてのいわゆる芸術は成立せず、従ってこれの批評などということ事も無意味なものとなるに相違ない。(中略)
自分はただ密かに、この「ある物」が科学者のいわゆる「事実」と称し、「法則」と称するものと相去る事遠からぬものであろうと信じている。”

元来は、自然科学と芸術は一体的に考えられてきました。レオナルド・ダ・ヴィンチとって、サイエンスとアートは同一次元の世界だったのでしょう。
理性と論理に立脚する科学、感性と情緒で成り立つ芸術といった古典的な定義は誤りのようです。今や「答えのない問題」や「説明できない事象」に直面している科学、感覚的な表現であっても、科学的な知見との相乗により、「深奥に潜む美」を見出す可能性を秘める芸術。
両者の距離は再び縮まり、重なり合って共鳴・共振する世界が起点となって、近未来の「新たな創造」が生まれてくるのかもしれません。

話は飛びますが、昨日、はしだのりひこさんの訃報が届きました。一世を風靡したフォーク・クルセダーズの作品に、「芸術家、科学者、そして宗教家」という題名の歌があったことを思い出しました。はしださんのご冥福をお祈り申し上げます。