言葉がいらない世界

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木版画を「好きで面白い」と感じる所以について、前々回のブログに書きましたが、もう少し掘り下げてみましょう。木版画も絵画のバリエーション。私にとって「絵を描く意味」は何なのかを考えてみました。
人間には「内なる想い」を表現したいという生来の欲求があるようです。表現の方法は様々ですが、大きく分けると小説や詩歌のように「言葉に拠る表現」と絵画や音楽(歌詞なし)のように「言葉を使わぬ表現」があります。
私の場合は、長年の「言語脳の呪縛」から解放されたいという憧れが、木版画に魅せられた動機になったようです。
絵は「言葉がいらない世界」。描く人は「描きたいと想う何か」を、自らの感性が導くままに「カタチとイロ」で表現します。観る人は、自身の内面を絵に重ね合わせ、それぞれ独自の感じ方や受け取め方をします。
描いた人の想いが奈辺にあろうとも、観る人は「己の心のあり様」を鏡のように映し出し、絵から伝わるメッセージを読み取ります。安らぎや心地よさ、勇気やエネルギー、優しさや励まし等々、観る人それぞれが感じ取る「非言語のコミュニケーション」と言えるのかもしれません。
言葉は、対象をラベリングしカテゴライズすることで、あらゆる物事を鋳型に嵌め込みます。絵は、描く人にも観る人にも、言葉の鋳型を忘れさせ「情動や情緒を司る脳」を自由に遊ばせてくれます。
私の木版画を観て、彼は何を感じ取ってくれただろうか、彼女にはどのように伝わっただろうか、あれこれと想像することも作り手の楽しみなのです。