閑話休題ー魚が描く曼荼羅図

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​前回紹介した「魚の農業、家事、芸術」の話は、実の所、今の私のライフスタイルと重なり合っている。市民農園の無農薬野菜作りに悪戦苦闘し、不慣れな家事で妻の「カジハラ」に耐え忍び、木版画創作に技倆不足を嘆く身としては、ひたすら無心に取り組む魚たちが羨ましく思える。
昨年9月、日本魚類学会は海底ミステリーサークルの制作者であるフグを新種登録し、標準和名を決めた。「アマミホシゾラフグ」というナイスなネーミングだ。謎のサークルは、生物学上の産卵場所と判明し、”That’s end”。近年、”Sense of Wonder”が退化した左脳型人間は、そこで思考を止めてしまうが、時には大人の分別を離れて「不思議の迷宮」を彷徨ってみよう。そもそも人間は道具がなければ、精緻な同心円の幾何学模様は描けない。ましてや体長換算すれば、直径30mスケールにもなる立体図柄など手に負えないはずだ。しかしこの魚は、小さな鰭を使って見事に描き上げる。中心円から放射線状に約30本の均一な幅、深さの溝を掘り、噛み砕いた貝殻を装飾品のように敷き詰める。単なる産卵の場所に、これほど芸術性豊かな意匠を凝らす意味は何か。ダーウィン流の答えはシンプルだ。「太古の時代、かのごとき造形が雌の誘引確率を高め、種の存続に有利に働くことを見い出した個体が偶然現われ、自然淘汰と適者生存のプロセスを経て獲得した本能的行動である」と。このロジックで得心できれば、幸せなのだが‥‥。
視点を変えてみよう。この造形デザインを見て、何を連想するか。グルメな友人は、即座に「テッサ」と答えた。確かに丸い大皿に幾何学模様で配列された「フグ刺し」は、フグつながりからも「言い得て妙」で面白い。だが私の眼には、全く別のイメージが想起される。アステカ文明の「太陽の石」、イスラム教モスクの天井に描かれた「アラベスク」、そして古代インドを起源とする「曼荼羅」だ。
「太陽の石」は「聖なる時間」を示す。太陽神トナティウを中心とする同心円形に、宇宙起源の暦(地球史の過去、現在、未来)を意味する壮大な図柄が刻まれている。38億年前、太古の海で誕生した最初の生命以来、地球上のあらゆる生物は「太陽がもたらす恵み」によって生かされてきた。古より世界各地で太陽神が崇拝され、神話として語り継がれてきた所以だ。次の「アラベスク」は、「聖なる空間」を示す。敬虔なムスリムにとっては、「世界の秩序を支配する原理」を意味し、可視的な物質世界を超えて無限の空間に遍在する唯一神アッラーの威光を象徴している。最後の「曼荼羅」は、時空を含む「聖なるつながり」を示す。その原型は、土壇に様々な幾何学模様を描き、天の神々を招いて祈願するバラモン教やヒンドゥ教の儀式に見られる。真言密教の祖、空海は「個我と大宇宙は本質的に同一であること」を曼荼羅の姿で示した。個我(生きとし生けるもの)に内在する小宇宙と自然の摂理を司る大宇宙は、同一の構造を持つ。曼荼羅は「インドラの網」を包摂する。宇宙に遍在する無数の物質と精神は、縦横に繋がる宝珠のように、互いに照らし合い映し合い、重なり合っている。地球の生命史における「すべてのいのち」は連鎖し、共生している。
本題に戻ろう。産卵から約1週間後、新たな生命が誕生する。幾何学模様のサークルは、“いのちのドラマが繰り広げられる神聖な舞台”だ。「アマミホシゾラフグ」は、その聖なる舞台に畏敬と感謝の祈りを込め、導かれるままに曼荼羅図を描くのだ。「魚にそのような知性はない」、「非科学的な妄想だ」と反論されることは承知している。だが、南方熊楠や三木成夫ならこのように考えるだろう。地球上の生き物はすべて祖先を一つにし、38億年の時間を共有している。それぞれ進化の道程は異なっても、生き物の細胞の奥底には「宇宙のリズム」と「いのちのリズム」が内蔵されている。意識を超えた「生命記憶」として、「いのちの根源」を司る何者かへの祈りが存在する。
ヒトはそれを「神」と呼んで崇めてきたが、ヒト以外の生き物であっても同じことだ。そう考えると、曼荼羅図を描く「アマミホシゾラフグ」の振る舞いが、腑に落ちる。