閑話休題ー自然の伝言を彫る

http://www.biodesign-japan.com/wp-content/uploads/sites/1887/2014/09/header20170307081059_937157761.jpghttp://www.biodesign-japan.com/wp-content/uploads/sites/1887/2014/09/header20170307081059_498221558.jpg
沖縄滞在中に北谷町美浜にある「ボクネン美術館」を訪ねた。伊是名島出身の版画家、名嘉睦稔(なかぼくねん)のギャラリーとして知る人ぞ知る存在だ。今回訪れた時には「海に還ろう」をテーマとした展示会が開かれていた。沖縄の海はその美しさの魅力だけでなく、古から島に暮らす人々の生活を支え、文化を育んできたかけがえのない原郷だ。「生命のふるさと」である海を題材に、ボクネン独特の眼差しで描いた作品群は、観る人に遥か遠い昔の「懐かしい記憶」を呼び覚ます。彼の版画技法はユニークだ。原画を描かずに版木を彫る。それもものすごいスピードで、一気呵成に彫り進めていく。彫り始めた時から、左右反転の構図も含めて完成作品のイメージが頭の中に出来上がっているらしいが、並の人にはできない技だ。画材に月桃紙を使うのも沖縄スタイルだが、裏手彩色を選択したこともボクネンの強いこだわりだ。
世の中には、どうしても言葉で表せないものがある。絵にも彫刻にも写真にも言葉は一切ない。森羅万象の美しさに感動し、大自然の摂理に畏敬を感じた時、人間は言葉の限界に気づく。オーストリアの哲学者、ヴィトゲンシュタインは「語り得ることは明瞭に語られ得るが、言い得ないことについては沈黙せねばならない」と書き残した。人間には本来、眼にも見えず、耳にも響かず、言葉にできない世界を知覚できる力が備わっていたはずだ。その能力が衰えつつある今、ボクネンのナイーブな感性は、大自然のメッセージを伝え残すために、版画に彫り刻むことを選んだ。